エヴィキン人を名乗る人物について

 早く、早く伝えなくては。気持ちが逸り、慌ただしく足を動かす。何度も何度も歩いた短い道のりがこんなにも遠い。

「アベンチュリン!」
「ん……。どうしたんだい、そんなに慌てて」

 休日なんだからもう少しゆっくりさせろという主張など、今は無視だ。それどころではないのだから。

「どうしたもこうしたも!」
「?」

「現れたの!エヴィキン人を名乗る人が!」
「……は?」


****


「で?君がその自称『エヴィキン人』くん?」
「……そうですね」
「へえ、もう後戻りできなくなっちゃったんだ?」
「何がですか?」
「アハハ!早めに白状するのが君のためだよ。大人を揶揄っちゃいけない」
「別に、本当のことですから」
「ふーん?」

 あれ、何か思ってたのと違う。

 一触即発の空気を前に、私は数刻前に想像していた未来と現実にかなりの解離があることをようやく認め始めた。一体何故。背中に嫌な汗が滴る。この状況を作り出したのは私。助けてくれ。

 今朝、突然家を訪ねてきたこの不思議な少年は自らをエヴィキン人だと名乗り、ここにもう一人の同族が居ると聞いてやって来たと語った。それは滅多に耳にすることがないはずの種族名で、何度か聞き直したものの丁寧に発音し直されたのは最初から認識できていた『エヴィキン人』。
 これは間違いないと寝室で一人寝こけていた、私の知るもう一人のエヴィキン人を叩き起こした次第だ。

「ナナシ、どうしてこんな怪しい奴を家に入れたのかな。来客対応禁止にしようか」
「な、そこまで!?」
「当然さ。ここの家主は僕だ。従わせることもできるよね」
「でも!」
「あんまりそうやって圧をかけると嫌われるんじゃない?モラハラってやつですよ」

 少年の言葉にらしくもなくアベンチュリンは舌を打つ。確かに今のは生意気さを感じた。が、この年頃の少年であれば見逃してあげるべきだとも感じる。
 私の考えていることが分かったのか、アベンチュリンは大きなため息をついた。

「良い加減にするんだ、ナナシ。コイツが少年の見た目をしているとしても君より歳上の可能性だってある。どんな奴なのかは見た目から判断しちゃいけない。色んな星を見てきただろう」
「それは、そうだけど」
「僕はエヴィキン人だよ。見た目通りの年齢だから安心してください」
「少し黙っててくれるかな?」

 アベンチュリンと少年が睨み合う。この状況を作り出したのは私で、私がなんとかしなければならない。のかも。
 私のために喧嘩はやめて〜、も違うし。はあ。アベンチュリンが珍しく本気で怒っている。あんなにも目を釣り上げて、あ。

「で、でも!その子はエヴィキン人だと思うよ!」
「はあ。君まで何を言って」
「本当だよ!だって目が!」
「目?」

 二人で少年を見つめる。今は前髪を下ろしていてよく見えていないが、私が彼のトンチンカンで怪しい発言を信頼した理由がそこには隠れている。
 少年は、早く証拠を見せろと促す私たちに薄ら笑うと、もったいぶりながら前髪をかき分け、二つの瞳を覗かせる。

「……ありえない」
「これで信じてくれましたか?」

 少年は紫と水色の、不思議な色合いの瞳を愉快そうに細め、笑った。──私も。

「ね、言ったでしょ?エヴィキン人だって」
「……だとしても、だ」

 全てがおかしいだろと、アベンチュリンは頭を抱える。

「嬉しくないの?」
「……分からない。認められないんだ。何もかもがおかしい。こんな目を持っているのは、今は僕だけのはずなんだ」
「……コンタクトでも無いよね?」
「確認します?」

 少年に近づき目を見せてもらう。縁などは見当たらない。カラーコンタクトなどが入っている様子はなく、間違いなく裸眼の状態だと確認できた。
 それにこれだけ近くの距離で見たら分かる。これは作られたものではない。アベンチュリンの目にそっくりだ。あれ、そういえば形も、二重の具合も、眉だってよく似ている。というか。

「キミ、アベンチュリンにそっくりだね?」
「ふふ」
「ナナシ、近いよ」
「ハイ」

 後ろから低い声で名前を呼ばれてしまい、言外に含まれた感情を読み取り少年から距離を取る。不思議な力でもなんでも無い。経験上得たものだ。

「ねえアベンチュリン。この子、貴方とそっくりだね」
「は?君は目を失くしたのかい?」
「ありますけど!?……アベンチュリンて弟は」
「知ってるよね。僕には姉だけだよ」

 じゃあ兄弟ではない、と。親族、にしては以前彼から聞いた壮絶な過去にその影は一切なかった。あまり深掘りもしたくないし、する必要もないだろう。エヴィキン人は血が近いとか?そのせいで容姿も似てしまう、なんてこともあり得るのかも。
 ただ、一つだけ。

「キミはいくつなの?」
「んー、あまり言いたくないです」
「詐称がバレるからかい?」
「アベンチュリン」
「……」
「はあ、怖いですね……。十の代の半ばです、とだけ」

 少年の方が大人びて見えてしまうのは何故だろうか。だがその様子は、普段のアベンチュリンに似ている、かもしれない。
 それにしても。十代半ばとなると、確かにアベンチュリンの言うように色々とおかしくなる。史実と年代が合わない。アベンチュリンは最初からそこまで至っていたということか。

「やっぱりね、君はエヴィキン人ではない」
「……まあ、血が混ざってはいますね。他と」
「じゃあキミの親の片方がエヴィキン人てこと?その人ならアベンチュリンも知ってるんじゃ」
「知ってると思いますよ」
「そんな訳がない」
「何故?」
「僕の知るエヴィキン人は、みんな死んだよ。だから僕は生き残りなんだ」

 重い沈黙が訪れる。彼はずっと、後悔している。自分の運の良さを、呪っている。

「……気分を変えませんか?」
「どうしてだい?」
「だって、せっかくなんだから。僕は、もっと二人の話が聞きたくてここに来たんだ」
「……二人って、私も含まれてるの?アベンチュリンだけじゃ無く?」
「もちろんです!」

 きゅ、と手を握られ微笑まれ、つられてにへらと笑いそうになる。逆側の手をきゅ、と摘まれたのでなんとか真顔を保っている次第だ。保てているかは知らない。

「ナナシはどっちの味方なのかな?」
「そりゃもう勿論アベンチュリンさまでございますが」
「だよね」
「ずっとそうなんですか?」
「君に何か関係あるかい?」
「さあ」

 この二人、なんだかんだ相性が良さそうだ。まだまだ一触即発の雰囲気ではあるものの、この時間を楽しみ始めているような気もする。
 邪魔しないように立ち上がるとアベンチュリンがぐいと手を引いてきた。

「どこ行くの」
「お茶でも出そうかと。喉乾いちゃった」
「そう」
「……」
「何笑ってるんだい」
「いいえ、別に……ふ」

 本当に相性が良いのかは不安になってきた。が、まあ二人きりにしてもなんとかなるだろう。
 常備しているインスタントコーヒーを淹れ、ふとつい何も考えず三つ全て同じ味付けにしてしまったと気づく。少年が甘いのが苦手だったら淹れ直せばいいか。残された方は飲めばいい。アベンチュリンが。アベンチュリンの好みに合わせたやつだし。
 そう自分の中で言い訳をしながら二人の前にカップを置く。

「今更だけどコーヒー飲める?甘いから大丈夫だといいんだけど」
「好きです!家でよく飲んでて……ああ、ふふ。この味、好きです」
「……あらあら、よかったわ〜」

 ホホホと緩む顔のままアベンチュリンの隣に座る。少年のはにかむ笑顔にはとんでもない癒し効果が付属されているようだ。なんだか横から視線は感じるが何も知らない。可愛さに勝てるわけが無いのだ。これが母性というやつか。
 かつてアベンチュリンがブラックコーヒーを水のように飲み、このままだと身体を壊しかねないと砂糖やミルクを入れさせるようになり、すっかり『いつもの味』となった少し甘めのコーヒー。少年が気に入ってくれたようでよかった。

 お菓子も食べるかと聞くとそこまではと遠慮されてしまい、少しだけ残念に思う。しきりに腕時計を気にするようになったので、もしかしたらタイムリミットが近いのかもしれない。
 その間も二人は嫌味混じりの応酬を繰り返し、ここまでアベンチュリンについて来れるのはレイシオ教授くらいなんじゃ無いだろうかと気づく。
 耳に入ってくる言葉を聞き取らなければ、微笑ましい光景だ。

「ああ、残念です。もっとお二人のことを知りたかったのに」
「僕のせい、とでも言いたいのかな?」
「そんな滅相もない。こんな怪しい人間を受け入れてくださり恐悦至極に存じます」
「難しい言い回し知ってて偉いね!」
「この歳ならそれくらい出来るだろう」

 アベンチュリンに肯定を促されるが私にはそんな記憶はなかったので無視をする。そんな私たちを見て少年は笑いながら立ち上がる。

「そういえば、名前聞いてなかったね」
「聞かれませんでしたね。まあ秘密ですが」
「だと思ったから聞かなかったんだよ」

 早く帰りなとアベンチュリンは少年を玄関まで連れて行く。見方によっては丁重なお見送りで、やっぱり嫌い切ってないんじゃないかと笑ってしまった。

「なんだい?」
「ん?ううん、なんでもない」
「そう」
「うん!ほら、少年!気をつけて帰るんだよ」
「はい!ありがとうございました」
「また来てね!」
「もう関わらないでくれ」
「んー、また、時間をおいてお邪魔します」

 少年がふわりと笑う。その笑顔はやっぱりアベンチュリンに似ていて。
 「それでは」とドアを閉めようとする少年に、アベンチュリンが待ったをかける。

「近くまで送ろう」
「……僕を?」
「君以外に誰かいるのかい?」
「いえ、じゃあ、……。お願いします」
「ああ。行ってくるよ」
「分かった、気をつけてね」

 二人が並んでドアを閉める。なんだか。

「親子みたい、かも」

 一気に静かになった部屋に寂しさを覚えながら、いつかあの光景が見れるようになったらなと、来るかもしれない未来へと思いを馳せた。


****


「で?本当の目的はなんだったんだい?生き残り『ではない』エヴィキン人くん?」
「お、認めてくれたんですか?」
「いや、正直まだ半信半疑だよ。あり得ないことだと思ってる。でもそうとしか思えない」
「ハハ、曖昧だなあ」
「……あの子は僕に似てるとばっかり言っていたけど、それだけじゃないよね」
「なんですか?」
「君は、しっかりあの子にも似ているさ。頭の形だとか鼻の形だとか、ああ、唇もかな」
「……変なとこあんまり見ないでもらえますか?」
「見てほしくて来たんじゃないの?」
「……」
「喧嘩でもしたのかい?あの子は怒るとしつこいからね」
「どうして、」
「フフ、分かるさ。君の思考回路は残念ながら僕に似たようだからね」
「……」
「僕はその歳の頃には泣かなかったよ」
「泣いてない」
「しっかり謝れば許してもらえるさ。何が悪かったのか、今後どうするのか理由をしっかり述べるといい」
「経験上?」
「そう、経験上。素直になればいいだけさ」
「……」
「あの子がそこまで怒るなんてね。僕は出会いが遅くてよかったよ」
「本当は羨ましいくせに」
「……何か言ったかい?」
「いえ?……ああ、もう本当に時間だ」
「気をつけてね」
「うん……あの、手を」
「……ああ」

「「地母神があなたのために三度瞳を閉じますように。あなたの体を流れる血が永遠に巡りますように。旅がいつまでも平穏でありますように。計略が決して露見しませんように」」

「じゃあね、……父さん」
「ああ。次はゆっくり来るんだよ」



「『父さん』、ね。……ハハ」







(息子は普通に反抗期でママと喧嘩して、思いの外傷つけてしまってどうしようどうしようてなって、ママとパパもそのことで少し険悪になってしまって僕のせいだ…てなってしまってる。仲の良い二人が大好きだからよく話してくれるラブラブ絶頂期(本人談)の結婚前の二人に会って解決策を見つけたいとなり、未来の技術()で過去を見に来た感じで……)

2024/04/28




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