総監はご機嫌ナナメ
「やあナナシ。なんだか楽しそうだね」
「あ、総監!お疲れ様です!」
「はい、ご苦労様」
「で?」と早く質問に答えるよう促される。そんなに楽しそうに見えたのだろうか、私。特に思い当たることもなく、目線を宙に浮かべ考える。
強いていうなら定時が近いこと。でもこんな答えじゃ総監は納得しなさそう。今日こなした業務は、と思い浮かべたどり着く。
「聞いてください!私今日レーシオ教授に褒められたんです!」
「……へえ!」
「最近組むことが多かったんですけど、こんな事初めてで!もしかしたらそのおかげかもしれま、せん……?」
褒めてもらえた時の教授の綺麗な微笑が頭に浮かぶ。思わずにへらと緩む顔のまま総監を見ると、その目も口も綺麗に弧を描いている筈なのに、こわい。
知らずのうちにヒ、と声が出てしまったのを慌てて手で塞ぐ。どうやら総監はご機嫌斜めだったようだ。なのに対称的に私がご機嫌だったため気に障ったのかもしれない。
とりあえず先に謝った者勝ちだと口を開きかけたところにシュッシュと総監が何かを振りかける。反射的に目と口をぎゅっと瞑り、霧雨のように降りかかるソレから嗅ぎ慣れた総監の香りが感じとれた。
ああ、香水かと理解したものの、どうして突然総監ご愛用の香水を掛けられたのかと疑問が湧き出る。
総監を仰ぎ見ても、表情は変わらず笑っているのに笑っていないまま。
「な、なんでしょうか……」
「いや?なんだか自分の部下が学者臭くてね」
「え?」
「アッハハ!気にしないで?」
いや気にするでしょ、とは言えないまま、歩き出す総監の後を着いていく。直属の上司であるのだから向かう先は同じなのだ。決して逆らえないオーラがあるとかでは無い。着いていかなければ殺されそうなど。
あと少しで執務室というところで総監が足を止め、こちらを振り返る。突然止まったものだから思っていたよりも距離が近く、ヒエと声が出る。私の喉、ゆるすぎ?
「そうだ、ナナシ。もしかして共感覚ビーコンの調子が悪いのかい?」
「え? そんな事は無いと思いますが……」
現に今も総監と会話ができている。生まれも育ちも違う私たちは、ビーコンが無ければ会話などできない。
それは総監も分かっているはずなのに、どうしたのだろうか。
「じゃあ君の発音の問題かな? いいかい、教授の名前は『レイシオ』だ。『レーシオ』なんて舌ったらずな発音は、甘えた子供のようだよ」
「は、はあ……」
そういえば、最近何度も名前を呼ぶことが増え、その内にしっかりと発音するのが面倒になっていた。教授もそれを受け入れてくれていたから癖づいてしまった、かもしれない。
「次からは気をつけるんだよ? 恥をかくのは教授のほうだ」
「承知しました」
「ああ、怒ってるわけじゃない。君のためを思っての忠告だよ」
「……ありがとうございます」
言うだけ言って満足したのか一際ニコッと笑い総監は再び歩き出した。私はその後を、着いていけなかった。足が動かなかった。
きっと総監は、大切なご友人を自分の部下が蔑ろに扱っているように感じたのだ。人の名前は大切なもの。それはよく分かっている筈なのに。
私は総監を怒らせてしまった。悲しい。申し訳無さでいっぱいになる。
少しだけ滲む視界が落ち着くまで、私はその場を動けなかった。
(ただでさえ夢主と離れた業務になっているのに、夢主は教授と仲良くなってるし、甘えたように名前を呼んでいるし色々と気に入らなかった総監。そもそも自分のことは総監としか呼ばないくせに同じように肩書きを持つ教授のことは名前つきで呼ぶのも許せなかった。青いねえ^_^)
(次の日から夢主はレイシオ教授と綺麗な発音で呼ぶんだけど教授が不思議そうに「いつも通りで構わない」と言って数秒葛藤し、「じゃあ…お言葉に甘えます!」となる夢主。後日また総監に詰められるんだけど夢主は「御本人から許可いただいてます!」と主張するので総監は「あの野郎…💢」となる。かも)
2024/06/07