有難き幸せ
「ナナシ……」
帰ってくるなりアベンチュリンは私の名前をぽそりと呟くと、そのまま抱きついてきた。
私はというとソファの上で横になっていたのでアベンチュリンが上に乗ってくる体勢。重い。
「わ、と。おかえりなさい。お疲れだね」
「お疲れだよ」
アベンチュリンは胸元に顔を擦り寄せ、抱きしめる力を強めた。その力は少し痛いほどだった。
「言ったら楽になること?」
「んー、ん……、どうだろ。言う方が面倒かも」
「そっか。じゃあ私の胸だけ貸してあげる」
「君の、ねえ」
くふくふとアベンチュリンが笑う。湿った生暖かい息が布越しに伝わり、なんだかくすぐったい。
「あら、私の胸ではご不満かしら?」
「いえいえ!とんでもございません!」
「ならよろしい」
「有難き幸せ」と演技らしく呟きながら、それでも甘えてくる動作は見ていて可愛らしい。綺麗な顔をした青年が、私の豊かとは言えない胸で本当に満足しているのかは分からないが。
朝に比べれば少し乱れているものの、まだまだセットされている頭をそろりと撫でる。ふわふわとした髪質もまばらに残っている。
部屋は無音。聞こえるのは、胸元からする私以外の呼吸音だけ。創造物たちは早々に自分たちの部屋でお休み中。この世界に、私たち二人だけみたい。
ああ、このままだ寝てしまいそうだ。彼に買い与えられた最新のスマホで時間を確認する。やはりまだ寝るには早いし、一眠りするにも微妙な時間。
ルーティンでそのままロック解除をしていると、何者かによってスマホを奪われた。
なんだなんだと視線を下げると、じとっと見つめてくる二つの不思議な瞳。いつ見ても綺麗なのだが、持ち主は隠したがる瞳。それがぎゅっと細められた瞼によって僅かしか見えていない。
「今は僕だけ見て」
「……」
きゅん。
思わず胸が鳴る。悔しいが、きゅんとしてしまった。そうなる様に仕組まれている。目の前の男に。本当に悔しい。
さらに悔しいのは、現在進行形で胸元に擦り寄っているアベンチュリンには、私の鼓動が狂ったことなどお見通しということ。
さっきとは真逆に勝気な表情を浮かべるアベンチュリンに「べ」と舌を出し、そのふわふわの頭をぎゅうと抱きしめてやる。
「ちょっと」と抵抗したのは最初だけで、腕の中のものは、ものの数秒でおとなしくなった。
結局、私たちはそのままソファで寝落ちしてしまい、変な時間に目を覚ますことになる。
2024/07/22