すれ違い生活の話

*アベンチュリン視点



 ああ、眠れない。昨日も一昨日も、その前も、ろくに睡眠時間を取っていないというのに。夜に眠れないからといって、日中に眠くなるわけでもない。
 そんなにこの身体は睡眠が不要だというのだろうか。それならば思考にモヤがかかるのはやめて欲しいものだ。

 しかしながら、記憶を少し遡れば常時この様だったなと思い至る。前は、寝ようとしても眠くならないのは時間の無駄だと、早々に諦め業務に時間を充てていた。
 それは良くないと怒られ、詰られ、監視される様になって、最近は一般的な睡眠時間が取れる様になっていた。再び眠れなくなったのは、その監視者が居ないせいだ。

 監視者と言っても一晩中強い視線で見張られている訳ではない。早々に監視者は、規則正しい寝息を立て、リタイアする。名ばかりなのだ。大層な名目をつけて、ただ僕の隣で眠るだけ。
 その呼吸と体温を感じると、僕は自然と夢の世界に入っていたのだから、役目だけはきちんと果たしていた。えも言われない。

 そんな監視者とは最近見事に生活がすれ違っている。どちらかの出張が終わるとどちらかが出張に行く。そんな生活が二週間は続いている。
 睡眠時間をしっかりとった次の日のパフォーマンス力を知った僕は、寝ておきたいという欲が芽生えてしまった。ただ、眠る事はできない。そして焦燥感により、余計に眠れない。悪循環だ。

 ふと、環境を変えるのも大事かもしれないと思い立つ。そうだ、彼女のベッドなら眠れるかもしれない。
 そう思い、このすれ違い生活が始まるまではあまり出番のなかった場所へと向かう。
 普段は図々しい性格をしているくせに変なところで謙虚になる彼女は、僕が不在の間、かたくなに僕のベッドを使うことを拒否した。持ち主が不在なのに、使う訳にはいかないと。
 かなりの押し問答をしたが結局首を縦に振る事はなく、ほぼ新品に近い彼女自身のベッドで睡眠をとっているのだ。

 誰もいないというのに音を立てないように彼女の部屋の扉を開く。入ってすぐに置かれている一人用のシングルベッド。そしてそのヘッドボードにもたれかかる様に置かれているものが目に入る。

「……僕だ」

 僕だ。僕がいる。正しくは、僕を模したぬいぐるみ。カンパニーが勝手に作り、量産前のサンプルだと突然渡されたそれを持ち帰った時、そういえば彼女はえらく気に入った様子だった。
 その後、存在を忘れるほど姿を見かけなかったのだが、そうか、ここに居たのか。

 ベッドに腰掛け、ぬいぐるみを手に取る。自分であって、自分ではない。特徴だけは捉えられたそれに、なんだかむず痒い気持ちだ。
 ふわりと嗅ぎ慣れた彼女の香りがすることに気づき、なるほどなと納得をする。

「いいね、お前はあの子と一緒に寝られているんだ」

 思わず口を抑える。当然返答はない。
 今、自分は何を言ったのか。自分を模した、命すら宿っていない布の塊に対して。今、自分は何を考えたのか。
 ここまで調子がおかしいのは全部あの子のせいだ。僕は、こんな弱い人間じゃなかった。こんな、無機物に対して妬みをいだくなんて。

 はあと大きくため息を吐きながら、ベッドに寝転ぶ。寝具からも勿論彼女の香りがする。
 だが一際強いのは、間違いなくこのぬいぐるみだ。どうやらコイツは、良いご身分らしい。

 きっとあの子もこうやって居るのだろうなと、ぬいぐるみを抱きしめる。大きめのサイズ感のそれは、想像以上に抱き心地が良く、なるほど彼女もだから病みつきなのかと腑に落ちた。
 でも、ずるい。羨ましい。僕は、こんなに寂しいのに。

「一日くらい一緒に寝たいって、我儘を言おうかな」

 そうだ。僕が予定を合わせればいい。まだ僕の方が優柔を効かせやすい。僕の方が抱き心地がいいと思い出させてやらねば。
 彼女が戻るのはいつだったか、と頭の中でカレンダーを開く。が、肝心な日程を擦り合わせる前に僕の思考はゆっくりと落ちていった。


****


「くたくたになって日程を巻いて家に帰ると恋人が私のベッドで彼を模したぬいぐるみを抱いて寝ているなんて事が現実で起こっていいの??」



2024/09/23




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