明日への、
*ブラックナイト事件前日
*暗いので注意
夕暮れ、日暮れ、黄昏時。そんな言葉が当てはまる今の時間帯。リビングの大きな窓から差し込む光により、いつもと同じ空間の筈なのに別世界に思える程何もかもが橙色に見える。
幻想的で綺麗なのだが、妙に薄暗い気配を感じさせるのは徐々に宵闇へと変わっていくからなのだろうか。
「うわ、すごいな」
「ね」
炎の中に居るみたいだ、と先程帰宅したダンデくんがリビングに入るなりポツリと呟く。鮮やかな青紫の髪も今この空間では暗い橙色で。本当にダンデくんなのか不安になってしまい、近付いてきた彼に思わず手を伸ばす。
「ん?どうしたんだ」
「ううん」
なんでもない、と言いながらダンデくんの存在を確かめる様に肩から下へと腕をなぞる。暖かい体温、いつもと変わらない脈拍、痕が残った少しの傷。大丈夫、これはダンデくんだ。それでも何故か心が逸ってしまう。
そんな私の様子に気付いたのか、ダンデくんが私の腕を引きソファに沈み込む。隙間なくピッタリと隣に座らされ、肩に手が回される。
「何かあったのか?」
「ううん……、何もないよ」
本当に何も無い事をアピールするが訝しげな顔をされてしまう。自分でも何に焦っているのかよく分からないので伝えようがない。
上手く言葉に出来ない感情を飲み込み俯いていると、ダンデくんがおでことおでこを合わせて来た。さらに宥める様に背中をとんとんとリズムよく叩かれる。何故だか涙が溢れて来た。
「オレはここに居るぜ」
「うん」
子供に聞くように、痛いのか悲しいのかと問いかけてきてくれるのに全て首を横に振る。ああ、ダンデくんは明日大事なバトルを控えているのに。余計な心配をさせてしまう。
困ったな、と小さく溜息を吐かれてしまった。ごめんなさい、こんな時に。
勝手にポロポロ落ちる涙を拭い拭われしていると名前を呼ばれた。おでこを離されたので顔を上げると、いつもより下がった眉と目尻で優しく微笑まれる。
「今なら何でもキミの言うことを聞いてしまいそうだ」
何かして欲しい事はあるかと聞かれる。ココアを飲むか、パンケーキでも焼いてやろうか等の提案全てに首を横に振る。そんなのより、と頭の中に浮かんで来たもの。
「ダンデくん」
「なんだ?」
「明日、絶対ここに帰ってきてね」
「ん?よく分からないが勿論だ!オレの帰る場所はキミのところだけだぜ」
約束しよう、と頬にキスを落とされる。ああ、やっと分かった。私は不安なのだ。
ダンデくんがチャンピオンのままでいるかなんて、私にはどうでもいい。と言ってしまったら語弊があるけれど。明日、ダンデくんに何かが起こるような、そんなあまり良くない予感。
電気を付けると同時に気持ちを切り替え、態とらしくいつも通りに過ごす。それでも奥底で渦巻く不安に、過敏なダンデくんはきっと気付いていたのだろう。それでも優しい彼は気付かないふりをしてくれた。
夜中にこっそりと、一緒に眠っていたダンデくんの腕を抜け出してベランダに出る。ガラル地方で一番の盛り上がりを見せる祭典の前夜という事もあり、今日のシュートシティは眠る事はない。
そんな明るく騒がしい地上を静かに見守る様に空には三日月と星々が煌々と輝いている。どうか、どうかダンデくんが。
──私の元に帰ってきてくれます様に。
そう願う私の頭上では長く尾を引く願い星がいくつも流れていた。
翌日、ダンデくんは帰って来なかった。