おむかえ
「おかえり♡」
思わず扉を閉め、部屋の番号を確認する。合ってる。私の借りている部屋だ。それにさっき自分の持っている鍵で開いた。私の部屋だ。合ってる。あれ?
疲れた頭でひたすらグルグル考える。じゃあさっき私におかえりとハート付きで挨拶してきた褐色肌のデカイ男は誰だ。何故私の部屋に入っている。鍵を閉め忘れた?でも毎回鍵を閉めてから二、三度確認するようにしている。
呆然と部屋の番号を見つめたままでいると扉が中から開けられる。
「フフ、どうしたの。入りなよ」
「……あ、あの」
早く、とスーツのジャケット越しに腕を掴まれ部屋の中に連れ込まれる。連れ込まれる?ここ私の部屋なんだけど。
未だに何が起こっているのか分からない私の足元には男がしゃがみ、ヒールのストラップを外す。言われるままスリッパを履き、部屋着に着替え、気がつけば美味しそうな料理が並んだテーブルの前に座らされていた。
隙を見て何度か話しかけようとしたが全て上から被せられ、こちらの話を聞いてもらえない。なんなんだこの状況。警察を呼びたいがスマホだけは早々に取り上げられたし、長身の体格の良いこの男に力で勝てるはずがないので変に反感を買う訳にはいかない。
「美味しくないか?」
「い、いえ……。美味しいです、よ?」
よかった、と満面の笑みを浮かべる目の前の男。なんだか既視感はあるのだが、生憎私に外国人の知り合いは居ない。そもそも部屋に上げるような男自体友達の中に居ない。
食欲が無いふりをして、出来るだけ最小限で食事を終える。流石に何も食べないのは空気的に出来なかった。断れない人種の悲しい性だ。
そのまま準備されていたお風呂でゆっくりとした時間を過ごす。何ヶ月もバスタブにお湯を張る事は無かったが、久々に浸かるとやっぱり気持ちいい。じゃなくて。
さっきニコニコとバスタオルと私の着替えまで手渡してきたあの男は誰なのだ。私も私で流されすぎだ。でもなんだか断り辛い。どう考えてもおかしいのはあの男の方なのに。この躊躇させる既視感は何処から来ているのだろうか。
途中あの男が入ってきたらと警戒していたがそんな事は起こらず。一体何が目的なのだろうか。分からないままリビングに戻る。
「気持ちよかったか?」
「まあ……」
ドライヤー片手にクスクス笑いながらソファに座るよう促される。どうしようか悩んだ末、相手を刺激させない為にも素直に従う。直ぐに大きい機械音と共に温かい風が髪に当てられる。
私より何周りも大きい手が私よりも丁寧に髪に触れ、乾かしていく。ああ、このまま何も考えず寝てしまいたい。気持ちいい。正直至れり尽くせり過ぎてとても楽だ。
暫くすると終わったぜ、と頭をポンポンと叩かれる。すごい、自分でやるよりもツヤツヤサラサラになっている。なんなんだこの男は。
「今日はもう寝るか?」
「はあ……」
「フフ、りょーかい!」
ちょっとだけ待ってなと言いながら部屋の明かりを落として行く。そんな、電気の場所まで把握しているのか……。
そのまま当たり前のように肩に手を回され寝室に連れて行かれる。え、この男も一緒に寝るつもりなのか?流石にそれは困ると抵抗しようとすると、男が寝室のある一点を見つめながら話し出す。
「なあ、もうアレはやらねえのか?」
「アレ……?」
男の視線の先にあったのは、ベッドの隣のサイドテーブルの上に置かれたゲーム機だ。
「スイッチですか?」
「あー、そうソレ」
何故か少し苛立ちながら返事をされる。
確かに買った当初は入手までに時間が掛かったこともあり、睡眠時間を削ってまで色んなゲームをプレイしていた。が、大体クリアし満足してからは触っていなかった。最近は特に新しいソフトを買う事も無かったし。
「なんで?」
「え?」
「なんでやんねぇの」
肩に置かれていた手に段々と力が入り、ジワジワ鈍痛が広がる。私よりも遥かに高い位置から見下ろしてくる日本人とは違う青い瞳が鋭さを増していき、怖い。
……あれ。褐色肌に黒髪、青い瞳の長身の男。これって。
「あんなに毎日やってたじゃん」
「あの、」
「なんで」
「なんでオレさまに会いに来ねーの」
ああ、そうだ。
初めから抱いていたあの既視感は、ポケモンの。
「オマエが来ないから」
これはきっと。
「迎えにきてやったぜ♡」
きっと悪い夢だ。
──めのまえが まっくらに なった!