エイプリルフールの話

 春の柔らかな日差しと暖かい風が吹く中、オレとナナシの間には正反対の空気が流れている。
「そ、そんなに嫌だったか……?」
 予想外の出来事に戸惑いながら問いかけるも返ってくるのはナナシの啜り泣く声と嗚咽。泣きたいのはこっちなんだが……。

 どうしてこんな事になったのかはつい数分前、オレがナナシに告白をしたからだ。

 チャンピオンとして活動する傍ら、ローズさんに勧められたスクールに通い、オレはナナシと出会った。初めはただのクラスメイト、次に友達と少しずつ距離が縮まり、一年も過ぎれば周りからも仲がいいと言われるほどだった。
 その関係が続き、嬉しいと思う反面もどかしさを感じる事があり、ナナシの事が好きなんだと気付いたのはいつだったか。先日スクールを卒業した事もあり、ナナシと会う機会が無くなることに焦ったオレは悩みに悩んだ末、告白する事にしたのだ。

 だが結果は泣きじゃくられる始末で。
 ナナシも少なからずオレのことを他の男よりは良く思っていてくれると考えていたので、こんな事になりオレの心も悲鳴をあげている。今にもも泣きそうだ。
 泣かれた手前、慰める為としてもナナシに触れる事も戸惑われ声を掛けることしかできない。が、その肝心な声も上手く発する事ができない。
 気不味い空気の中、ナナシが声を詰まらせながら話し出す。
「ゔっ、だ、ダンデ、くんがっ!こ、こんなコトする人だなんてっ思わなかったよ……っ!」
「……すまない」
 ……酷いぜナナシ。オレだって、好きな人に想いを告げたい。出来る事なら恋人になりたい。一生を過ごしたい。一体キミはオレをなんだと思ってるんだ。
 ナナシが本当に悲しそうな顔を上げオレを見つめてくる。ああ、そんなに涙を流して。目が溶けてしまいそうだ。……こんなに嫌がられるとは思っていなかった。
 きっと暫くは腫れぼったい目になってしまうのだろうな。まあ、オレの所為でと考えると不謹慎な事に少し嬉しくなってしまう、なんてな。
「わたし、は…っ」
「……ああ」
「わたしは、ダンデくんのこと」
「……」

「大っ嫌い、だよ」
「っ、」

 オレにとって今一番聞きたくなかった言葉を放って走り去っていくナナシ。オレは追いかける事ができない、そんな資格は貰えなかった。
 ただ、その言葉と合わない表情だったのが引っかかる。心底嫌そうな顔をしてくれたらよかったのに。そんな、そんな全てを諦めた切なそうな顔で、まるでオレがフったかのような顔で微笑まれてしまったら。オレは。

「オレは、諦めないぜ」

 小さく呟いたその言葉は春の風に流されて行った。


****


 タオルを水で濡らし泣きすぎて熱を持っている目元を冷やす。しかし現在進行形で止まらない涙によってそれはすぐに温くなってしまう。
 ぼやけた目で今日の日付を確認する。やっぱり、何度確認しても四月一日、エイプリルフール。午前中は嘘をついても良い日。時計を確認する。午前十時を少しすぎた頃。
 さっきの出来事を思い出してまた涙が溢れてくる。案外イベント事を楽しむダンデくんの事だ、エイプリルフールを知らないなんて事はない。実際去年だか一昨年だかは友人グループで有る事無い事言って楽しんだ記憶がある。

 私の気持ちがなんとなく彼に伝わっているのは分かっていた。でも、態々イベントに乗っかってまで遠回しにフラれるだなんて。迷惑なら直接そう言ってくれたらよかったのに。
 チャンピオン様とは身分違いだって事分かってるし、こんなの学生の一時の恋愛感情じゃないか。ああ、学生じゃなくなったからか。でもこれからはもう関わりなんて無くなるんだしほっといてくれれば。

 ……こうやってダンデくんに向かって恨み辛みしか吐けないから、こんな形でフラれるんだ。
「ゔうう……」
 みっともなくダンデくんの前で泣きじゃくり、挙句に言いたくなかった言葉で想いを伝える事になってしまった。本当に惨めだ。ダンデくんと出会わなければ、あのスクールを選ばなければとさえ思ってしまう。

 スマホのロック画面に設定してあるこの間の卒業式に撮った友人達との写真を見る。今まではダンデくんの隣に理由もなく並べていたのに。
 この時勇気を出して告白していたら。せめて自分から想いを伝えてフラれていたら、きっともう少し綺麗に気持ちの踏ん切りが付いたんだろうな。
 もう少し、もう少しだけ。絶対諦めるから。だから。

 勝手に想うことだけは許してください。


****


「あれ?アニキなんでここに居るんだ?」
「……なんでだろうな」

 また迷ってここまで来たのかとホップが笑う。気が付けばハロンの牧場に辿り着いてしまっていた様だ。小さい頃から嫌な事があればここに来て、ただ呑気なウールー達を眺めていた。その癖が未だに時々出てしまう。

「そういやアニキ、聞いてくれよ!」
「なんだ?」
「オレ、自分のポケモン貰ったんだぞ!」
「え?」
 前からずっとポケモンが欲しいと言っていたホップだが、まだ十歳にもなっていないのに早いのでは無いだろうか。この前までは母さんもぬいぐるみと牧場のウールーで我慢しなさいと言っていた筈だ。
「何のポケモンを貰ったんだ?」
「フフン!アーマーガアだぞ!」
 アイツ!、とホップが指差した先に居たアーマーガアはどう見ても他の人のポケモンだ。よく育てられているこが遠目でも分かる。ため息をつきながらホップの頭を軽く叩く。
「嘘をつくのはダメだぜ。まだ貰ってないんだろ」
「今日くらい良いじゃんか!」
「今日?」
 なんで今日くらいは良いのかと考えていると、ホップが知らないのかと目をキラキラさせながら自慢げに話し出す。
「今日はエイプリルフールなんだぞ!嘘をついてもいい日!」
「ああ、エイプリルフールか……」
 懐かしい、もうそんな時期か。前に友人達と楽しんだな。その中にはナナシも居て……。
 全身の血の気がサァッと引く。そうだ、今日はエイプリルフールじゃないか。絶対にナナシに勘違いされた。どうやって伝えるかを必死に考えすぎて日付にまで頭が回らなかった。
 こんな日に態々時間を取ってもらって告白する馬鹿が居るのか?ここに居る。
「な、なあホップ」
「なんだ?」
「もし、もしだぜ?もし母さんが今日、ポケモンを捕まえても良いって言ってきたらどう思う?」
「え?うーん。一瞬は嬉しいかもしれないけどエイプリルフールだし、……喜んだのが馬鹿みたいで悲しくなるぞ」
 そう、そうだよな。そうなるんだ。逆の事を言われたと捉えるんだ。絶対ナナシもそう捉えたんだ。こんなのただの嫌がらせじゃないか。
 ホップが様子のおかしいオレに気付いたのか大丈夫かと聞いてくる。大丈夫だ。大丈夫なんだが、大丈夫じゃない。アニキは大変な間違いをしてしまったかもしれない。
「ホップ、オレはもう行くぜ。母さんによろしくな」
「分かったぞ!」
 リザードンをボールから出し、ナナシの家まで飛んでもらう。早く誤解を解かなければ。だってナナシは、あの状況でもオレに「大嫌い」と言ってくれたんだ。

 早くオレの本当の気持ちを。


****


 家のチャイムが鳴る。今家には私しか居ないけれど、とても人に見せられる顔ではない。申し訳なく思いながらも居留守でやり過ごす。しつこく何度も何度もチャイムが鳴ったが、諦めたのかやっと鳴り止んだ。
 罪悪感が残る中ホッと安堵していると、今度は部屋の窓がコンコンとノックされる。こんな事初めてで、とにかく気付かれない様に静かに呼吸をする。一体誰だろう。泥棒とかだったらどうしよう。
 何か武器になるものはあるだろうかと部屋を見渡していると、窓の向こうの人物が声をかけてきた。

「ナナシ、オレだ。ダンデだ。居ないのか?」
「……っ!」
 どうしてダンデくんがここに。これ以上追い討ちを掛けないでと顔にタオルを押し付ける。折角涙が止まり掛けていたのに。
 堪えきれない嗚咽が聞こえたのか、そのままダンデくんが話始める。
「……ナナシ。……その、誤解を解きに来たんだ。朝の事の。……顔を見せてくれないか」
 誤解ってなんだろう。分かりにくかったから?そんなの気にしなくてもちゃんと伝わってるから大丈夫なのに。早く帰って欲しい。
 何も答えないでいるとカチャリと鍵の開く音。え、開く音?
 慌てて窓の方に顔を向けると、ヒョイとカーテンから顔を出すダンデくんと目が合う。私の周りではドラメシヤがビュンビュン飛んでいる。まさか。
「……すまない。本当はこんな事にポケモンの力を使っちゃダメなんだが」
 よいしょ、と掛け声に合わせて部屋に入って来たダンデくんがリザードンとドラメシヤをボールに戻す。……私が今通報したらダンデくんは捕まってしまうのかな。
 ぐちゃぐちゃな気持ちのまま呆然と涙を流していると、ダンデくんがハンカチで涙を拭ってくれた。
「目が腫れているな。……オレの所為だよな」
「……帰って、ください」
 頬に伸ばされた手を払ってぶっきらぼうに言い放つ。フった女にどうしてこんな優しく出来るんだろうか。ああ、これがダンデくんの友達との距離感なのかもしれない。
 結局いつの間にかマイペースなダンデくんに巻き込まれてしまうんだもん。彼を諦められるのはもう少し先かもしれない。

 ダンデくんがしきりに時間を気にしている。忙しいチャンピオン様だ。何か予定があるなら私の事は放っておいたらいいのに。気付かれない様に少しずつ距離を空け、ダンデくんから離れて行く。
 が、突然両肩を掴まれ、その努力が無駄になってしまった。
「な、なに……」
「好きだ」
 まただ。もう分かってるよ。これ以上私を傷付けないで。泣きすぎて涙と一緒に目が溶けて流れ出そうだ。
「ナナシが好きなんだ」
「……もういいよ」
「良くない」
 力強い言葉に顔を上げてしまう。そこには真剣な顔をしたダンデくんが居て。
「オレはナナシが好きだ。嘘なんかじゃない」
 真剣に話されるその言葉に嬉しく感じてしまう。でも全部反対のことを言ってるんだ。騙されちゃダメだ。だって今日は。
 目の前にダンデくんのスマホが差し出される。画面には私と同じ卒業式の時の写真と十二時を少しすぎた時刻が映し出されている。
「もう午後だ。嘘をついていい時間は終わっているぜ」
「……でも、」
「朝のことは本当にすまない。今日がエイプリルフールだとすっかり忘れていたんだ。……毎日キミの事を考えていたから」
「え」
 顔を赤くしたダンデくんが少し気不味そうに視線を逸らす。エイプリルフールを忘れていた?じゃあ、ダンデくんは本当に?
「本当に、ナナシの事が好きなんだ。……これからは今までと違って予定を合わせないと会えなくなる。それは嫌なんだ。オレはずっとナナシに側にいて欲しい」
「だ、ダンデくん……」
「ナナシは?」
 額同士を合わせられ、近距離で聞かれる。こ、こんなの、近すぎる。肩から首に移動し添えられていた手の親指で頬を撫でられる。
「わ、たし、は」
「うん」
「わたし、も。……私も、ダンデくんの事、好き……です」
 フフと笑うダンデくんの息が私に掛かる。さっきから心臓がバクバクと激しく動いて苦しい。
「……大好き、じゃないのか?」
「!」
 朝はそう言ってくれたんだよな、と鼻と鼻を触れさせながら聞かれる。そ、そうなんだけど。
「ナナシ」
「うぅ……。私、ダンデくんの事、だ、大好き、です……んぅっ!?」
 突然何かが唇に触れる。目の前には近すぎて最早焦点を合わす事ができないダンデくん。どうしよう、そんな。唇から心臓の音、伝わってないよね。緊張で目も口もギュッと閉じてしまう。
 ゆっくりと離れていく唇。勝手に息を止めてしまっていた様でハアハアと呼吸を整える。笑われちゃう、とダンデくんを見ると案外私と似た様な状態で。
「っす、まない……、キス、してしまった……ぜ」
「……い、いい……よ……?」
 お互いカタコトな話し方に同時に吹き出す。なんか、少し安心した。
 クスクス笑い合っているとダンデくんが頬に触れてくる。あれ、私また。
「フフ、もう泣かないでくれ」
「うん……。ふふ、嬉しいんだよ」
 オレもだ、とぎゅうと抱きしめられる。鼻を掠めるダンデくんの香りにまたドキドキしてしまう。

「なあ、いつでもここに来ていいか?」
「えっ?う、うん……。あ、でも、ママがびっくりしちゃうかも」
「じゃあ今日と同じように窓から来るぜ!ナナシもオレに会いに来てくれ」
 いつでもいいから、と鍵であろうカードキーと暗証番号の様な数字が書かれた紙を渡される。これはもしかしてダンデくんの。
「いつでも来てくれていいからな」
「う、うん」
 ピッタリと隣に座られ腰に手を回されながら常に何処かが触れ合ってる状態で会話が進む。いきなり距離が近付いたし、なんだか展開が早い気がするけど、こんなものなのかな。よく分からない。
 緊張で少し俯き気味になっていると名前を呼ばれる。
「ナナシ、これからよろしくな」
「うん……っ!こちらこそ、よろしくお願いします」

 開いていた窓から吹き込む柔らかな春の風が私たちを包み込んだ。




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