春のパン祭り

「やあ、お疲れ様!今日は五点集まったぜ!」
「あ、りがとうございます……」

 給湯室から出ると、丁度廊下を歩いていたオーナーと出会った。ちょっと待ってくれと良い笑顔でポケットを漁り、取り出されたものをおずおずと受け取る。
 クリアファイルを小さく切ったものに貼られているピンクの丸いシール。ガラルでも有名なパン企業が毎年この時期に開催しているパン祭りのもので、シールを二十八点分集めるとお皿と交換できるのだ。
 私は何故かこのシールをオーナーと一緒に集めている。
「……毎日すいません」
「いや!オレは腹を満たせるしキミはお皿を交換できる、良い事だらけだぜ!」
 ならいいんですがと心とは正反対の事を口にしながら、下げていた社員証と一緒に入れていた何も貼られていないクリアファイルをオーナーに返す。これを返さなければ別のクリアファイルが無惨に切り刻まれる事になってしまう。

 ただのしがないリーグスタッフの私が、オーナーとこの様な関係になったのは何が切っ掛けだったか。
 たしか、年が明けてひと月と少しが経った頃。お昼休憩中にいつも通りデスクでパンを食べていた時だ。

 朝が弱い私は早くに起きてお弁当を作るなんてことは出来ず、かと言って毎日外食に行ける様な金銭的な余裕も無い。そんな私が辿り着いたのはどんな金銭状況でも手軽に買える菓子パンだった。
 そんな元々食べていたパンにキャンペーンのシールが付く様になったのだ。特にお皿が欲しい訳では無かったが、暇だったので台紙に貼るようになった。といっても、食べるのなんて一点とかそれ未満の点数が割り振られた安い価格のパンで、一枚貰えればやめるつもりだったのだ。オーナーに見られるまでは。

 偶々私の部署に用事があったオーナーが、偶々シールを台紙に貼っている最中の私のデスクの横を通った。それが運の尽きだった。

「それ、パン祭りのやつか?」
「へ、は、はい。そうです」
「キミ、集めてるのか!」
「え?あ、まあ……、そうですね」
 オーナーの声に周りの視線が私達に集まる。恥ずかしい。オーナーも何故そんなにジッと台紙を見ているのか。
「……枚数は多いのに点数はまだまだだな」
「あ、あはは。期間はまだまだあるので……」
 点数を数えられていた。しかもそんな、安いパンばかり食べているのを周りに聞こえる様に言いふらさないで欲しい。
 そんな願いは届かず、オーナーが勢いよくこちらを見る。なんだかあまり良くない予感がする。
「オレもよくパンを食べるんだ!協力しよう!」
「ええっ!?そんな、」
「今日のも確かここのパンだった筈だ。後で持ってくるぜ!」
 思ってもいなかった展開を繰り広げ、休憩中悪かったなと私の返事も聞かずにオーナーが去っていく。その姿が見えなくなった途端、静まり返った部署にドッと笑いが起こった。嵐を起こすのは彼のライバルでは無かったのか。
 隣の席の先輩が笑いを耐えながら話しかけて来る。
「ふふっ、私も協力しようか?」
「要りません!!」
 オーナー、絶対許さないからな。

 恥ずかしい思いをしながらオーナーを恨んでいたこの時は、それでもきっとただの気紛れで、本当にシールを提供される事になるとは微塵も思っていなかったのだ。

「そういえばそろそろまた交換出来るんじゃないか?」
 昨日で二十六点だった筈だと問いかけてくるオーナー。流石、よくご存知でいらっしゃる。
「そうですね。もう五枚目になります。……あの、」
「もう五枚目か!案外すぐに貯まってしまうものだな」
「オーナーのおかげです。……あの、」
「六枚目を目指して頑張ろう!」
「あ、あのっ!」
 つい大声を出してしまい、どうしたんだと不思議そうな顔をされる。もうシール集めはいいと断ろうと常々決意はしていたものの、いざ話そうとすると言葉が上手く出てこない。
「あの……。その、お皿はもう四枚も貰っていて」
 こんなにオーナーは楽しそうにしているのに、本当に良いのだろうか。
「その、私は一人暮らしですし、あの、もういいかなって……」
 ああ、段々とオーナーの髪のサイドのトサカが下がって……。
「な、なので……。……っ、オーナーが貰ってください!これからはオーナーの分を集めましょう!」
 言えねえ!下っ端の私なんかがオーナーを悲しませる事なんか言える訳がねえ!
 しょぼんと下がりかけていたトサカが上がっていき、なんとか悲しませるのを回避できた事を悟る。よかった、本当に……。
「そうか、分かったぜ!」
 だが、と少し言い辛そうに続けられる。
「オレは交換しに行けるか……、時間的にも、その、場所的にも」
 たしかにお忙しいオーナーが態々交換の為に時間を作るのも、それに交換している所を見られるのも立場的にあまり良くない気がする。あと偏見だけど、方向音痴で店内をずっとグルグルしてそう。
「それでしたら交換は私がしますね」
「サンキュー!助かるぜ!よろしく頼む」
「オーナーっ!こちらにいらしたんですね!」
 遠くからマネージャが足早に近付いてくる。しまった、オーナーを長時間拘束してしまったかもしれない。
 チラリと見上げると、マネージャに謝っていたオーナーとパチリと目が合う。心配しているのがバレたのか、問題ないと言う様に親指を立てられた。

 じゃあまた明日とマネージャに先導され足早に去っていくオーナー。が、少し進んだところでくるりと振り返り戻って来た。
 すぐ近くで屈まれ、内緒話をする様に耳元に顔を近付けられる。

「キミとお揃いのお皿、楽しみにしてるぜ」

 バッと耳に手を当てる私と、じゃあなと今度こそ走り去っていくオーナー。……なんなんだ、なんなんだ今のは。
 そういうのでは無いと分かっていても、自然と顔に熱が集まり、鼓動が速くなる。これが天然タラシってヤツなのね、ママ。私この歳でやっと学んだよ。

 もう少しだけ続くであろうこの関係は、果たして変わる日は来るのだろうか。それともお祭りの終わりと共に終わるのだろうか。……もしかしたら、私の方が変わってしまうかもしれない。
 そんな少しの不安に苛まれながらどうしても思う事が一つ。

 オーナー、私だけじゃなくてガラルの何万人とお揃いのお皿ですよ。




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