だって私は貴方に振られてるから

 夕暮れでオレンジ色に染まった道を一人寂しく歩く。いつも通る道なのに、いつもよりも足取りが重くなるのは夕暮れの寂しい雰囲気の所為なのか、はたまた別の所為なのか。……いや、原因は分かっているのだ。

 さっき、スクール時代に仲が良かった友人数名との集まりがあった。定期的に開かれるそれは、仕事であったり、人間関係であったり、様々な話が飛び交う。勿論、恋愛についても。
 少し前から恋人が居る子がチラホラ増えてきて、同棲を始める子も居た。そろそろかな、とは覚悟していたのだ。

 ──私、もうすぐ入籍しようと思ってて。

 その時の幸せそうな友人の顔と声を思い出し、ぴたりと歩みが止まる。
 入籍、結婚。二十代半ばともなれば結婚適齢期に十分に入っているのだから、何もおかしい事は無い。寧ろ、人間の営みとして当たり前のことだし、喜ばしいことなのだ。皆、自分と向き合って、相手と向き合って。順調に人生を歩んでいるその姿を羨ましく思ってしまう。

 私だって。私だって、分かってはいるのだ。親も心配し始めているし、自分自身焦っているのだって分かってる。でも。

「ナナシ?」
「っ、」

 前方から名前を呼ばれ、ゆっくり視線を上げる。少し距離はあるが、十分に視認できる距離。そこに居るのは、最近ハロンタウンに戻ってきた人で。

 私の、大好きな人。

「ダンデくん!」
「出掛けていたのか?」
「うん!エンジンシティにね」

 珍しいなと返される言葉に不自然にならない様にそうかなと相槌を返す。

 過疎化が進んでいるハロンタウンの中で奇跡的に産まれた日付が近く、言葉の通り赤ちゃんの頃から一緒に育ったダンデくん。ブラッシータウンまで行動範囲が広がるまでは二人きりでよく遊んでいた。
 喧嘩もよくしたけど、毎日が楽しいと瞳をキラキラとさせている彼が大好きだった。いや、今でも大好きだ。

 でも、彼にとって私はただの幼馴染の一人でしか無い。幼馴染の中でも、多分ソニアの方が私よりもずっと存在は大きいと思う。
 友人として、幼馴染として接していたのがいつから恋愛感情に移ったのか。気が付けばこうなっていたのでわからない。ソニアと遊ぶ様になってから嫉妬する事もあった様に思うし、その頃かな。もしかして、産まれた時からそうだったのかも、なんて。

 良くも悪くも平々凡々な私は、ジムチャレンジは期間内ギリギリにバッジを集めて終了。トーナメントにまで進める実力は無かった。変わってダンデくんとソニアは優秀な成績でトーナメントに出場。ダンデくんはご存知の通りチャンピオンに挑み、勝利を掴み取った。
 この時は純粋に喜びの感情しか湧かなかった。ダンデくんが強いのは私が誰よりも分かっていたし、私が行き詰まっていた時は的確なアドバイスをくれた。これ程チャンピオンの器に値する人間は居ない。私は幼いながらにそれを分かっていた。

 ダンデくんがチャンピオンになってから、私の生活は激変、とまでは言わないけど、かなり変わったと思う。
 今までずっと一緒だったダンデくんはハロンタウンとシュートシティを頻繁に行き来する様になり、やがてすぐにハロンタウンを出て行った。ソニアはトーナメント決勝戦でダンデくんに負けたのが悔しかったのか、落ち込んでいることが多かった。顔は合わせていたけど、お互い別々のスクールに通う様になり、結局少しずつ疎遠になって行った。今ではまた交流が復活しているけれど。
 子供の頃の仲なんてそんなものなのかも知れないが、私はそれが寂しくて。でもこれが大人になるって事なんだと少し背伸びして自分の気持ちに蓋をしようとしていた。

 スクールでは、初めて接する大勢の同い年の人達に圧倒される事もあったが、それなりに仲の良い友人も出来た。卒業して何年も経った今でもその関係が続いているのは、本当にすごい事だと思う。
 その頃も、周りは勉強よりは恋愛に夢中になっていて。隣のクラスの誰々くんやら、あの部活の誰々先輩やら、沢山の名前が上がった。勿論、同い年で大活躍しているダンデくんの名前も。

 知らない人の話題は話を合わせれば良いだけだったので別に何とも無かったのだが、ダンデくんの話になるとダメだった。

 他の子達がダンデくんの事をカッコいいと言う度に、カワイイと言う度に、でも貴女達はダンデくんのこと何も知らないじゃんと何度も口に出そうになった。お母さん達の言いつけを破って、何度幼馴染なんだと言いそうになった事か。
 単なる著名人への憧れから来ているだけなのだろうが、モヤモヤとした嫌な感情は積もっていくばかりだった。
 田舎のスクールでさえこんな状態なのだ。ダンデくんもシュートシティのスクールに通い始めたと聞いていた私は、気が気でなかった。

 毎日誰かしらに告白されているんだろうな。同級生からも、先輩からも。きっと次の年には後輩からも。美人さんも、可愛い子ちゃんも沢山いるだろう。
 その中の誰かとダンデくんが付き合ったらどうしよう。恋人として、手を繋いだり、キスをしたり、その先も。
 私は後悔したく無かった。だから。

 次にダンデくんがハロンタウンに帰ってきた日に、告白したのだ。

 私の想いを告げた後の、きょとんとした顔と、困った顔。一生忘れる事はないだろう。
 嬉しいとは言ってくれた。でもポケモンの事に集中したいから、と言い慣れた様子でスラスラと返される断り文句にどうしてと、嫌だと縋る隙なんてイチミリも無かった。
 私はきっと、今まで彼に告白した女の子達と同じようにあしらわれたのだ。誰よりも優しい彼に、誰よりも忙しい彼に、幼馴染だというのに他の人と同じ様に面倒を掛けさせてしまった事がとても恥ずかしくなった。逃げ出したくなった。
 それからはずっと、ごく普通の仲の良い幼馴染の距離を保っている。

 でも、私はダンデくんへの想いを断つことは出来なかった。そりゃ誰よりも長く彼を想っていたのだ。仕方のない事だろう。
 他の人を好きになろうとしても、どうしてもダンデくんと比べてしまう。ダンデくんならこうなのに、とかダンデくんならこうしてた、とか。
 もう私には恋愛は出来ないんだ、そう諦めていたけど。

 やっぱり、恋愛して、結婚、したいな。

 友達の結婚報告は思ったよりも私にダメージを与えていた。
 ダンデくんの事は好きだけど、割り切って相手を探してみるのも良いのかもしれない。相手には申し訳ないけど。
 私も友達に良い報告がしたい。親にも、ソニアにも。ダンデくんにも。不純な動機だなんて関係がない。私の人生が掛かっているのだから。

「ナナシ、今日は静かだな」
「え?そんな事ないよ!いつも通り元気!」

 本当かと訝しむ視線には気付かないふりをして。いっそダンデくんに良い人が居ればいいのに。意外な事に、と言っては失礼だけど。ダンデくんはチャンピオンをしていた十何年間、ずっと熱愛報道が無かった。
 それがリーグによるメディアへの圧力なのか、本当に何も無かったのかまでは知らないけど。もしそれがあったら、諦められていたのかもしれない。

「ね、ダンデくん」
「なんだ?」
「ダンデくんは結婚しないの?」
「結婚?」

 突然何を言い出すんだと呆れた溜息を吐かれる。こう見えてもこっちは結構真剣に聞いているのだから正直に答えて欲しい。

「スクールの友達がね、結婚するんだって」
「あー」
「同い年なのにすごいよね。大人だよ」

 いや。ダンデくんはずっとガラル地方を支えてきた。いつまでも子供気分でいるのは私だけなのだ。周りは私の知らない内にどんどん成長している。
 いきなり結婚とまでは行かなくても、せめて恋愛経験の一つや二つは必要なのだろうか。

「キミがそれを聞くんだな」
「え?……ああ、もしかして、告白したの気にしてるの?」
「……」
「そんなの昔の話だよ!早く忘れてよ!」
「……」

 ダンデくんが返事をしない所為で私の声が虚しく辺りに響く。あからさまに空元気なんだもん。鋭いダンデくんは気付いてしまっているのかもしれない。
 このどんどん重くなる空気が嫌だ。何か、どうにか変えられないものか。

「……それに、私好きな人、居るし」
「は?……誰なんだ」
「えー、っと……」

 つい口をついて出た嘘にダンデくんの纏う雰囲気が変わった、気がする。いや、自分で自分のついた嘘に焦っていてよく分からない。私自身によく突き刺さるナイフですこと。

「ダンデくんが教えてくれたら教えてあげる!」
「…………。結婚するかしないか、だったな」
「そ、そうだよ?」

 ダンデくんに至近距離で見下ろされる。昔は私よりも小さかったのに、今では首が痛くなる程見上げないといけない。大きくなったな。
 そんな事をボーっと考えていると、肩に手が乗せられる。指が微かに首に掛かっていて、少しだけ息がしにくくなる。

「結婚はするし、相手も居る」
「……っ、」
「じゃあな」

 ボールから出したリザードンの背に乗り、遠く、小さくなる影を見つめる。今日はシュートシティに帰るのだろうか。

 ……そっか、そうだよね。

「恋人、居るんだ」

 陽が完全に沈み、暗くなった空からは、予報外の雨が一筋、二筋。私の頬を伝った。


****


「ダンデくんに恋人ぉ?」
「……うん。ソニア、聞いてないの?」
「聞いてないし聞いたことない!」

 それは本当なのかと疑うソニアに本人から聞いたと伝える。間違いなくダンデくんがそう言った。結婚もするって。思い出してまた泣きそうになってしまう。
 みっともなく涙を流さない様にと目頭を指で抑えながらハンカチを探していると、ソニアがティッシュを差し出してくれる。

「アンタはそれでいいの?」
「……何が?」
「好きなんでしょ?まだダンデくんのこと」

 アタシには何処が良いのか分かんないけど、とソニアが隣に座って背中を摩ってくれる。人って、どうして背中を摩られると涙が止まらないのだろうか。

「ゔぅ、だって……」
「うん」
「相手がいるなら、諦めないと……っ」
「うーん」
「それにっ、……とっくの昔に、終わってる事だからっ」
「うーーん。そこが引っ掛かるのよねえ……」

 うんうん唸りながら考えているソニアに何がおかしいのか聞こうとしたタイミングで研究所の玄関が開く。

「ソニア!忘れ物した!……って、どうしたんだ!?」
「ほ、ホップ……」

 私が泣いているのに驚いたのか慌てて駆け寄って来るホップ。この子は本当にダンデくんによく似ている。今は丁度告白して振られた頃くらいだなと考えてしまい、また涙が溢れてくる。

「スケッチブックなら机の上置いといたわよ」
「そんなことよりナナシが!」
「どうしたんだ?ホップ」

 今度はダンデくんが入ってくる。ホップと一緒に来ていたのだろうか。ダンデくんも私が泣いているこの状況に驚いた様子だ。

「アニキ!ナナシが!」
「ホップ、はいコレ。さっさと帰りな」
「でも!」
「今女の子同士の大事なお話をしてるの!アンタも混ざりたいの?」
「ち、違うぞ!」

 でも、と心配そうにチラリと見られる。大丈夫だよと言葉にするけど、泣きすぎて鼻声になっているので余計に心配される始末だ。気不味いなあ。

「じゃあ陽が沈む前に早く帰りなさい!」
「……分かったぞ」
「全く……」

 ソニアの圧に負けたホップが渋々玄関に向かって歩き出す。が、何故か立ち止まり、くるりと振り返った。

「……オンナノコ?」
「あーっ!アンタねえ!」
「ぶふっ」

 思わず吹き出してしまった私を見て安心したのか、また明日と元気よく挨拶をして去っていく。ダンデくんより元気が良いなあ。……ああまたダンデくんと比べてしまっている。
 くすくす笑いながら、プンスカ怒っているソニアを宥めていると視界の端にダンデくんが映る。まだ、居たんだ。

「ナナシは帰らないのか?」
「ぇ、」

 すっと細められた目は、私の内側を全て見透かしているかの様に感じられて。どう答えようか迷っているとソニアが助けてくれる。

「まだお話の途中ですー!男はさっさと出てって!」
「ああ、女の子同士の、か」
「うるさいなあ!」

 失礼な兄弟ねと再び怒るソニアを宥める。対してダンデくんは澄ました顔で、何故か向かいのソファに腰掛ける。

「オレも混ぜてくれないか?」
「は?なんでよ」
「オレも話したいんだ。……相手のこと」
「はあ〜〜??」

 誰も聞きたくないとダンデくんを追い出そうとするソニアの袖を引っ張り、止める。

「ソニア、私聞きたい」
「でも、」
「ダンデくん、相手さんのこと話して」
「ナナシ……」
「分かった」

 これを聞いたら、ダンデくんのことを諦められる。ううん、諦めなければいけない。
 溜息をつきながら隣にドサリと座り込むソニアにごめんねと小声で謝る。私のために動いてくれてありがとう。

「うーん、こういうのは何から話せば良いんだ?」
「知らないわよ。好きな所とか切っ掛けとかじゃないの?」
「好きな所、か」

 そうだなと顎に手を当て、楽しそうな顔で考えるダンデくん。今彼の頭に思い描かれているのはどんな人物なのだろうか。いつか会わせてくれるのかな。
 ぽつりぽつりとダンデくんの口から挙げられていくそれは、きっと、とても可愛らしい人物であろうもので。私には当てはまらないもの。正直、羨ましい。

 私の事をこうして語ってくれた可能性は少しでもあったのかな。やり直せるのならやり直したい。でも何度やり直したって、ダンデくんは振り向いてはくれない。そんな気がする。
 段々と俯きがちになってしまい、涙がじわりと滲む。ああ、ダンデくんの前でだけは涙を流したく無いのに。

「ナナシ……」
「ぇ、あ、ふふ、ごめんなさい。ダンデくんにこんなに想われてる人は、幸せだろうなって!」

 心配そうに声をかけてくれたソニアに慌てて弁解する。ダンデくんの方を見ると、初めて見る視線とぶつかった。

「ああ、あと本人は自覚していないが案外泣き虫だな」
「……そうなんだ」

 そっか。涙を流す私を見て、その人を思い出していたんだ。

「次は……切っ掛けだったか?」
「ダンデくんもういいよ」
「まだまだこれからだろ?なあ、ナナシ」
「……うん」

 うん、このままいけば吹っ切れそうだ。悲しんでても、僻んでても何も良いことなんてない。
 その人以上の良い女になって、ダンデくんを見返してやる。そう思ったら、なんとかなる気がする。

「切っ掛けは……、と言っても覚えてないんだ。昔からずっと一緒で」
「へえ?」

 昔から。じゃあ私も知ってる人なのかな。もしかして、ソニアだろうか。でも前にお互い絶対無いって断言してたっけ。
 じゃあ誰だろうか。ああ、スクールの子とかかな。人によるだろうがスクール時代もずっと昔という枠に入るだろう。

「でもオレの所為で離れる事も多くなって」

 そういえば、スクールも空き時間の最低限しか通えていないらしいとおばさんが心配そうに話していた。ハロンとシュートの距離には比べ物にはならないだろうが、スクール時代というと、同じ空間に居ないというだけで恋しくなることもある。

「そんな時に告白してきてくれて」

 そうか、ダンデくんにはそんな前から恋人が居たのか。今までずっと隠していたなんてすごい忍耐力だ。素直に尊敬してしまう。
 もしその子よりも前に告白していたら。……いや、私はポケモンに集中したいと断られたんだった。だとすれば、私の後に告白したんだ。いいな。

「でも、オレは断ったんだ」
「えぇ?」

 ソニアが意味わかんないと非難する。本当に意味が分からない。その子が可哀想だ。
 気が付けば俯いていた視線を上げるとバチリと目が合う。また、その目だ。何かを訴える様な、意志の強い、優しい目。

「その時は学業や恋愛よりも、バトルに集中したかった。オレの実力がそのままガラル地方の評価になるからな」
「……なるほどね」

 すごい、としか言えない。当たり前だ、ダンデくんは十歳からずっと、ガラル地方を背負っていたんだから。
 改めて、なんて馬鹿なタイミングで告白をしたのかと居た堪れなくなる。きっと、面倒臭い奴だなと思われ筈だ。
 出来る事ならこの時の私に告白はやめろと注意してやりたい。お前にはダンデくんは振り向いてくれない。無駄な時間を取らせるな。さっさと諦めろ、と。

「でも、オレはその時こう伝えたんだ。『全てが終わって、オレが良いと思えたら迎えに行く』って」

 ダンデくんにしてはロマンチックだねとソニアと囁き合う。丸聞こえだぜと嗜められたけど。
 そうか、ダンデくんって好きな人にはちゃんとロマンチックな事言えるんだ。あのスラスラと口から出る断り文句を言われた後に、そんな事付け足されたら一生待ち続けるしか無いよね。

「……ただ、ここで問題が起きたんだ」
「?」
「相手がその事を覚えていない可能性が出てきた」
「ええ!?」

 思わずソニアと顔を見合わせる。そんなことって、あるのだろうか。
 いや、でも告白した事がある私からすると、確かにその時は頭いっぱいいっぱいだし、断られた申し訳なさでさらにいっぱいになる。ので分からないでも無い。相手の人、面白い人だな。

「あれ、て事はまだ付き合ってないの?」
「……まあ、そうなるかもな」
「え〜〜!?」

 なんだか可哀想、ダンデくん。少なからずダンデくんは昔から、今もずっと、その人を好きでいるって事だろうに。
 なんだかずっと合っていた視線がジトっと睨め付ける様な物になったのは気の所為だろう。腹いせなのか知らないけど、関係無い私にそんな視線を向けないで欲しい。

「でも結婚もするつもりなんでしょ?」
「ああ」
「じゃあどうするの」
「オレから告白する」
「……え」
「わーお」

 ダンデくんが、告白。いいな。そんなの、例え別の相手が居たってダンデくんが良いってなるに決まってる。いいな、いいな……。
 さっきまではダンデくんの話を楽しく聞けてたのに、いざそういうのを示されると悲しくなってしまう。

 吹っ切れるまでの道は遠いな……。

「ま、これくらいだな。今話せるのは」
「ふーん、成る程ねぇ」
「じゃあそろそろ帰るぜ。ナナシも、送って行こう」
「え、っと……」

 あんまり今ダンデくんとは二人きりになりたく無い。かといって辺りはもう真っ暗で、街灯も少ないこの辺りは一人で帰るには少しだけ怖い。
 悩んでいるとソニアが背中を叩いてくる。

「ここはダンデくんに送ってもらいなさい。というかアンタが居ないとダンデくんが帰れない」
「そ……うだね」

 そんな事ないとは言い切れないのがダンデくんの方向オンチだ。とはいえ、流石にハロンタウンまでなら問題無いと思うけど。

「じゃあね、ソニア。ありがと、色々と」
「うん。いつでも来て!待ってるよ」
「じゃあな」

 ダンデくんと一緒に研究所を出る。少しずつ暖かくなって来たがまだ夜は少し冷える。寒さで肩をすくめていると、ダンデくんに右手を取られ、そのままパーカーのポケットに手を突っ込まれる。

「寒いんだろう?」
「えっ、う、ぅん……」

 もっとくっついた方がいいぜと更に距離を詰められる。突然どうしたのだろうか。パーソナルスペースだけは昔と変わらず狭いままの様で、正直こっちの心臓に悪いのでやめてほしい。
 ……ダンデくんには好きな人が居るくせに。

 嫌な無言の時間だなと俯いているとダンデくんが立ち止まり、手を繋がれている私も強制的に立ち止まることになる。

「なあ、ナナシ」
「なあに?」
「なあ……。その、ナナシが好きな人はどんな人なんだ」
「え……っと、なんで?」
「オレは話したのに、キミのは聞いてない」

 前の時も、と付け足される。前の時、とは、結婚するかしないかを聞いた時、だろうか。

「んー、そうだなあ。……優しい人、かな。人にも、ポケモンにも」

 早く帰ろうよと手を解くため弛め様とすると、逆にキツく絡め取られてしまう。どうして。勘違いしてしまいそうになるからやめてほしい。

「なあ」
「……なに」

 声が震えてしまう。悟られてしまう。まだ貴方のことが好きだって。

「オレでいいだろう」
「え……?」
「オレだって、人にもポケモンにも優しくしてる。キミが、……ナナシが昔、そう言ったから」
「私が……?」

 思わず首を傾げる。そんな事、言っただろうか。覚えていない。というかオレでいいだろって、どういう意味?

「……。オレの好きな人についてだが、もう一つ。結構忘れっぽい」
「へ、へえ……。……、そうなんだ」

 なんで今、このタイミング。あぁ、私の所為でまた思い出したのかな。なかなか残酷なことをする。じゃあ、それだったら。

「……だったら、ダンデくんだって、私で、いい、じゃ、ん……」

 私は、一体何を。こんな事言ったって、ダンデくんを困らすだけなのに。込み上げて来た涙を見せない様に、絡められた手を振り解こうとするけどびくともしない。

「は、離してよ……」
「キミだ」
「な、なにが……?」
「だから!」

「オレがずっと好きなのは、ナナシだ!」

「へっ!?」

 何?ダンデくんは今なんて言ったのか。私の事を?いや、聞き間違いだろう。

「も、も〜!そういう冗談いいって!どうしたの、ダンデく、ぅわっ」

 笑って誤魔化そうとしたら、腕を引っ張られ抱きとめられてしまう。どうして、何が起こっているの。

「冗談なんかじゃない。ずっとずっと、キミが好きだ。あの時告白してくれたのも嬉しかった。断りたくなんかなかった。でももしあの時付き合っていたら、弱いオレはキミに夢中になって、キミを逃げ道にしてしまった」
「ぇ、え?」
「だから、待っていてくれと言ったのに。……待っていてくれると信じていたのに」
「えっ?」
「やっぱりあの時完全にオレのものにするべきだったんだ。そうすれば他の男なんかに、」
「ま、待って!ダンデくん!落ち着いてっ」

 オレは落ち着いてるぜと聞いたこともないくらい低い声で答えられる。ひっ、怖い。こんなダンデくんは知らない。けど。

「勘違い、してる」
「勘違い?」
「私の好きな人、は、えっと、その」
「……」
「ずっと、その、……。……ダンデくん、だけ、です」

 抱きしめられていた体勢から肩に手を置かれ、少しだけ距離が空く。さっきに比べれば、だけの僅かな距離だけど。
 それでも、バッチリ赤い顔を見られているだろうその距離が恥ずかしい。抱きしめられている方がマシだったかもしれない。

「でも、あの時、待っていてくれとは言われてない、様な」
「……言ったぜ」
「ほ、本当に……?」
「ああ。……今思うと、だが。あの時キミは上の空だったかもしれないな」

 あの時は、振られた事にショックを受けていた。
 もしかして、私、とんでもない事を。

「……ナナシはまだ、オレのこと好きで居てくれるか?」
「……!う、うん。好き、です。……ダンデくんは?」
「オレも好きだぜ。ずっと、ずっと」

 え、えへへ。思わず頬が緩んでしまう。ダンデくんが私の事を好きで居てくれたなんて。こんなの夢みたいだ。夢。もしかして、夢なのかもしれない。そう焦り出した私の頬にぐりと痛みが走る。

「いった!」
「夢なんかじゃないぜ、現実だ」
「う!ぅん……」

 つねった頬をごめんとあやす様に親指で撫でられる。いつの間にか両耳の下辺りを大きな手に包まれてしまっていた。ダンデくんの体温を直接感じて、なんだか恥ずかしくなる。

「ナナシ」
「な、なぁに」
「結婚しよう」
「え」
「元々これを伝える為にハロンに帰って来てたんだぜ」
「そ、れって」
「ナナシ」

 昔と変わらない、私が大好きなキラキラとした瞳に捉えられる。ああ、やっぱり。私は。

「迎えに来たぜ!」

 この人が、大好きだ。


****


「おめでとう!ナナシ!」
「え、へへ。ありがとう」

 おめでたい事が続くねと友達が騒ぐ。今日は久しぶりにスクールの友達と集まっている。そこで、結婚する旨を伝えた。

「でも突然じゃない?この前まで彼氏居ないって言ってたよね?」
「ナナシ、騙されてないよね?詐欺じゃない?」
「大丈夫!えっと、幼馴染、なんだ」
「幼馴染!?」

 そんなの居たのかと驚いた声が上がる。そうだ、お母さんとおばさんの言いつけで、幼馴染がいる事自体黙っていたんだった。ダンデくんの事で面倒ごとが起こらない様にするために。

「どんな人?写真見せてよ!」
「えーっと、また今度ね。許可貰ってなくて」
「許可?……やっぱヤバい人じゃない?」
「幼馴染が変な人とかじゃないよね?」
「おかしな事要求されてない?おかしいと思ったら全部相談して」
「も〜!大丈夫だってば!」

 心配だと口々にされる。男っ気ゼロから突然の結婚報告だから仕方ないのかな。でも、だからと言ってダンデくんの写真を見せる訳には行かないし。
 多分見せられるのは、ダンデくん側が公表してから、かな。

 それまでは悪いけど、『ナナシの変な趣味を持った怪しい幼馴染』ってレッテル貼られたままで居てください。


****


「おー!オマエが噂のナナシちゃんか?」
「噂……?」
「……キバナ、なんでここに」

 牧場のウールー達がざわついていると思ったらフライゴンから男の人が降りて来た。特徴的なバンダナとパーカーは身に付けていないけど、この身長と脚の長さは間違いない。

「キバナだ……!」
「そうだぜ!オレさまがキバナさまだ!」
「おおー!本物だ!」
「ナナシ……」

 ダンデくんからジトっとした視線を感じないでも無いが、今は何しろ目の前のキバナに興奮を隠せない。ずっとダンデくんのライバルをしている彼に、私は初めて会ったのだ。
 いつの間にかダンデくん、私、キバナの順に並びスリーショットを撮られる。流れる様な自然さに驚きしか出てこない。スマホロトムくん、優秀すぎる。

「ところで噂って?」
「んー?そりゃあダンデの」
「キバナ!なんでここに来たんだ!」
「あー、そんなに叫ぶなって。オマエを連れ戻しに来たの。マサルが限界だって泣いてるぞ」

 連れ戻す。そうだ、チャンピオンを降りてから何故かずっとハロンタウンに篭っていたダンデくんだが、ローズさんが突然辞職した今、リーグを支えられるのは彼だけなのだ。
 いつかはまたハロンを出て行くんだろうなとは思っていたけど、やっぱり寂しい。

「まだ一週間ある筈だが」
「そう言ってやるなよ。マサルだって慣れないながら頑張ってるんだからさ」
「そうだよダンデくん。マサルを手伝ってあげて」
「……」

 キミはどっちの味方なんだと言外に伝わってくるが、お生憎様。私はハロンの新星の片割れ、マサルを応援しているのだ。ダンデくんには悪いけど。ちなみに新星のもう片方はホップだよ。

「はぁ、分かった。近い内に戻る」
「おっ!了解!あとこれだけ急ぎでサインが必要らしい」
「分かった」

 ちょっと待っててくれと家の方向に歩き出すダンデくん。を心配そうに見るキバナ。この人はきっと、ダンデくんの方向オンチに何度も巻き込まれてる側の人間だ。

「ダンデくんなら大丈夫ですよ」
「ん?そうなのか?でもアイツって」
「ハロンタウン内と研究所までなら迷わないんです」
「へー、そうなのか」

 キバナが頭の後ろで手を組む。よく中継で流れるポーズだ。ダンデくんに負けた時とかに。

「あの、噂って……」
「ああ!そうだ、さっきは邪魔されたんだったな。気になるか?」
「そりゃまあ……」
「オレさま、アイツと同じスクールだったんだけどよ」

 前のめりに腰をかがめたキバナが楽しそうに語り出す。ダンデくんの貴重なスクール時代のお話が聞けるのかも。

「まあ一応アイツもオレさま並に知名度があって、それなりにモテてたからさ、何度か告白現場に出くわした訳よ!」
「……そうですよね」
「落ち込むなって。それでその断り方がよ、『もう相手が居るんで』だったんだ」
「え」
「それでオレさま問い質したんだよ。そしたらアイツ、ハロンに決めた人が居るっつーからさ、」
「キバナ」
「あ」
「……ダンデくん」

 いつもより眉間に皺を寄せ怖い顔をしたダンデくんが私とキバナの間に立ちはだかる。人前でここまで感情を出しているのは珍しい。キバナにはそれだけ気を許してるんだと思うと嬉しくなる。ダンデくん、友達作り苦手な方だし。

「サインして来たぜ。それと明後日にはそっちに戻る。マサルによろしく伝えてくれ」
「はいよ。悪かったな、休暇中に。じゃあな、ダンデ、ナナシ!」
「、」
「さようなら!」

 挨拶を返すとヒラリと手を振ったキバナがフライゴンに乗り、空へ舞い上がって行く。歌声の様な羽音が綺麗だ。
 空へ向けていた視線を下ろすと此方をジッと見つめるダンデくんと目が合う。

「随分仲良くなったんだな」
「え、そうかな?別にそんな事ないと思うけど」
「……」
「ね、ダンデくん。あのさ」
「名前」
「名前?」

 ムスッと拗ねた顔をするダンデくん。名前がどうかしたのだろうか。

「前から思っていたんだが、なんでオレは呼び捨てにしないんだ」
「呼び捨て……」
「ソニアもホップもマサルも。あと今会ったばかりのキバナも」

 考えた事がなかった。ソニアは昔から呼び捨てだし、ホップとマサルはまあ年下だし。キバナは……。
 しまった、キバナファンの友達の癖でつい呼び捨てで呼んでしまっていた。すごく失礼な奴って思われたかもしれない。次いつ会えるかは分からないけれど、その時はお詫びしないと。
 それで、ダンデくんだけなんでくん付けなのか。

「なんでだろう」
「……」
「……」

 だって、ずっとダンデくんだったし。ソニアだってそう呼んでる。逆にダンデくんはいつから私を呼び捨てにしていたっけ。昔はちゃんを付けてくれていた筈だ。
 ムスッとした表情を崩さないダンデくん。今更そんなに気になる事なのだろうか。

「ダンデ、くん?」
「……」
「おーい、ダンデくーん」
「……」
「……」
「……」

 目は合っているのに返事をしてくれない。もしかして、呼び捨てにするのを待っているとでもいうのか。

「……。……ダン、デ?」
「!」

 呼び捨てにした途端ムスッとした表情からいつものニコニコ笑顔に戻る。子供を相手にしてるみたい。とても口には出せないけど。

「もっと呼んでくれ!」
「……ダ、ンデ?」
「もっと」
「ダンデ」
「もっとだ!」
「ダンデ!」
「もっと!」
「ダンデ!」
「ナナシ、好きだぜ」
「っ!わ、たしも!好きだよ、ダンデ……!ふふ!」

 いい歳して、ティーンみたいなやり取りをする私たち。でも、これが私たちらしくていいのかもしれない。


****


「ね、ダンデ。『ハロンに決めた人が居る』って告白断ってたって本当?」
「……キバナか」
「秘密!ね、どうなの?」
「…………本当だぜ」
「っ!ね、それってつまり……?」
「キミの好きな様に受け取るといいさ」
「……ふふ!」
「……ふっ」


****


「いや〜、それにしても長かったわね」
「え?何が?」
「アンタとダンデくんの事よ。やっとくっついたんでしょ?」
「え゛、何故それを……」
「そんなの見れば分かるわよ!ビックリするくらいすれ違ってたわね」
「そんな事ない、よ……?」
「そこで疑問系って事は自覚あるんじゃない。この間の恋人が居たって泣きついて来たのが既に懐かしいわ」
「うぅ、その節はご迷惑をおかけしました」
「ホントよ。……ね、ダンデくん」
「え」
「何がだ?ナナシ、ここに居たんだな。探したぜ?」
「ダンデくん!何かあったの?」
「いや、ナナシに会いたかっただけだ!あとまたくん付いてるぜ」
「えっ」
「あ゛ーー!何?早速目の前でいちゃつき出すのやめて頂いてよろしいでしょうか!?」
「はは!悪いな!」
「ご、ごめん……?」
「で、もうソニアに伝えたのか?」
「えーっと」
「アンタたちを見てたら分かるわよ!ダンデくん、絶対ナナシの事幸せにしなさいよ?」
「勿論だぜ!」
「……ふふ!」
「……よかったわね、本当に」
「うん!本当にありがとう、ソニア」
「……あー!なんか泣いちゃいそう!今でこんなんじゃ結婚報告なんかされた時にはどうなることか」
「ん?」
「あ」
「え?……待って。ナナシ……?」
「ナナシ……」
「え、えへへ」
「……ソニア、オレたち」
「まさか」
「結婚、します……」
「は〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?」
「うるさいぜ、ソニア」
「えへへ」




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