ぬいぐるみに思うこと
家に帰って早々朝までは無かったものと目が合う。シューズラックの上に座らされているそれは、確か記憶違いでなければ彼女の部屋に既にある物だ。
こういう時に限って彼女が出迎えてもくれないので、リビングに入るよりも先に彼女の部屋を覗く。確か、デスク横のチェストの上に……居た。
羨ましいことに彼女お手製の洋服を着せられたそれは、いつもと変わらずそこに鎮座している。別にこんな小さいものに嫉妬などはしないが、オレとは違うベクトルの愛情が向けられている事に納得している訳ではない。のでデコピンをしてから部屋を出る。
「あ!ダンデくんお帰りなさい!ちょっと手が離せなくて」
「ただいま!……何をしているんだ?」
テーブルの上に広げられている物は何ヶ月も前に見た光景で。そう、さっきデコピンしたやつが家に来た時だ。その時にも同じ光景を何度も目にした。
「ふふ!ダンデくん気付いた?玄関に居た子!」
「まあ、朝には無かったな」
「そうなの!今日お出かけした時に偶々目があっちゃって!」
「……ああ」
「一度は通り過ぎたんだけどね、やっぱりウチに迎え入れなきゃって思っちゃって!」
「……」
「それでどうせなら今居る子と双子コーデにしてあげようかなって!」
そろそろ違う服も着せたかったし、と彼女が再び手を動かし出す。
嫌な予感が的中してしまった。これでまた彼女は暫くの間、裁縫に夢中になる。というか裁縫しかしなくなる。
「……目があったからって別に買わなくても良いじゃないか。もう居るんだし」
「そうなんだけどね〜。やっぱりダンデくんは別だよ!」
彼女の隣に座り、そんなもんか、と溜息を吐く。
彼女がここまで拘るのは、それがオレを模したぬいぐるみだから。オレのものでは無かったらこんな事にはならない。多分。そう思いたい。
嬉しいのだが嬉しくないのだか複雑な気持ちで彼女の手元を眺める。少しでも早く終わる様に、以前ミシンを買うか提案したら即却下された。小さいから手でやる方が早いらしい。オレにはよく分からないが。
そうだ!と声を上げて、埋もれていた設計図を取り出す。どうやら作っているのはもこもこ生地を使った部屋着の様な物らしい。彼女が好んで着ている物によく似ている。
「外には連れて行かないのか?」
「そうなの!これはね……うふふ!」
ジャーンと掛け声と共に渡されたのはどこかのブランドロゴが描かれた紙袋だ。開けてと言われたので訝しみながら開けていく。どうやら何枚か服が入っている様だ。中々嵩張っている。
「ん?四、いや二着セットが入っているのか?」
「そうだよ!ダンデくんと、私のやつ!」
「キミとオレの?」
横から手を伸ばした彼女が中身を取り出し、オレの分だと手渡してくる。手触りのいいそれは、先程見せられたぬいぐるみの服の設計図とそっくりだ。
「見て!お揃いなの!」
「……!本当だ、な」
彼女が自分の分を広げてみせる。それはオレのものと色違いだ。彼女とここまで完全にお揃い、というのは初めてかもしれない。
あまり反応を示さなかったオレを不安に思ったのか、恐る恐るダメだったかと尋ねられる。
「いや……、いや!驚いただけだぜ!」
「本当に……?」
「本当だ!……すごく嬉しい」
「……!よかった……!」
勝手に決めちゃってごめんねと謝ってくる彼女に、謝らなくてもいいんだと頭を撫でる。驚いただけで本当に嬉しい。途端に顔を緩める彼女に釣られてオレの顔も緩んでしまう。
「それで、こい……ぬいぐるみのオレたちともお揃いって事か」
「そういうこと!です!絶対可愛くなると思って!」
頑張るねと意気込みながらもその手はテーブルの上を片付けて行く。また空いてる時間は全てこちらに回すのかと思っていた。
「やめてしまうのか?」
「うん、今日は終わり!だって」
床に膝をついていた彼女がこちらをチラリと見上げてくる。
「本物のダンデくんが居るし、ね!」
ぎゅん、と胸を射抜かれた。そんな、嬉しそうに微笑むのは卑怯だぜ。
箱にしまわれた裁縫道具たちを部屋に運んで行く彼女の後ろ姿を眺める。きっと彼女のことだ。アイツらの服ができるまで先程渡された服を着ることも無いのだろう。
なんとなく、彼女はお揃いだとかそういうあからさまな物は苦手なのだと思っていた。だが今回彼女から用意されていた。
オレが用意しても、いいのだろうか。他の何者とも、何物とも一緒にならない、オレと彼女だけのお揃いのものを。
何から渡そうか、どこまでなら許されるか。彼女の喜ぶ顔を想像して、オレは一人天井を見上げながら笑った。