めんどくさいキバナくん:アナザー

「あれ」

 朝起きて何も受け付けたくない胃を宥めながら食事をし、日々簡略化されていく化粧により顔が完成してからの事。ローテーションで着回している服にせめてもと違うピアスを付けようとした。が、思っている物が見当たらない。

 何処かで外したまま仕舞わなかったのだろうか、最後に付けたのはいつだったっけ。いやでも昨日ここにちゃんとあった……筈。床に落ちているのかと確認しても何も無い。掃除しきれていない埃は見ないフリをして。

 一緒に住んでいるとはいえ、流石に私の部屋の事まではキバナくんも把握していないだろう。それに彼は私が起きる前に出勤している。

「うぅーー……」

 リビングのテレビから今日の運勢のコーナーが聞こえ始める。もう家を出ないと電車に間に合わない。仕方がない、今日は別のピアスを付けよう。

 お気に入りだったのに、どこに行ってしまったんだろう。シンプルなデザインだけどその分良い素材を使っていて、自分にしては少し良い値段の物だった。

 何処かに落としてしまったとは考えたくない。でも念のため、通勤ルートはいつもより下を見て歩く。はあ、朝からブルーだ。


****


 帰りの電車に揺られながらSNSのタイムラインを辿る。今日は平日なので友人たちの愚痴が多い。暇だなと意味もなく画面を下げ更新を繰り返していると、キバナくんのアカウントが更新された。

「っ!!」

 思わず出かけた声を抑える。『今日も一日お疲れさま!』と書かれた文面に添えられた自撮り画像。そのキバナくんの耳元を飾っているピアスは、正に私が今朝探していた物で。

 慌ててメッセージアプリを起動し、キバナくんの名前を探す。なんで、どうして。私のピアスなのに、勝手に付けるなんて許さない。
 怒りのままにメッセージを送る。すぐに付いた既読の後に、目を細めたジュラルドンが笑っているスタンプが送られてくる。可愛いけど違う。私が求めているのは謝罪だ。

 その後ものらりくらりと話を変えられるのでメッセージを送ることは早々に諦め、直接面と向かって謝罪を求める方針に変更した。
 私の既読が付かなくなった事への焦りか、ひたすら送られてくるスタンプ爆撃は煩いのでミュートで対応する。


****


「おかえり!」
「……ただいま」

 ニコニコヌメラスマイルでデカイ男に出迎えられる。ハグを要求している長い手の下を潜り、スタスタ廊下を歩く。私より少ない歩幅でキバナくんが後ろからのしのしと付いてくる。

「折角のオレさまのハグを無視するなんてオマエくらいだぜ?」
「へえ」
「……。今日の晩飯はオマエの好きなやつにした!」
「そうなんだ」
「……」
「……」

 自分の部屋に入ろうとドアノブに手をかけると、私より何回りも大きい手が重ねられる。何をどうしたらこんなにデカく育つんだろう。今は邪魔でしかない。

「なあ、そんなに怒ってんの?コレ」

 コレ、という言葉とともに頭の上から爪でカツカツと何かを叩く音がする。もしかしなくても『私の』ピアスを爪で叩いたのだろう。やめろ。傷がついたらどうする気だ。

「……そうですね」
「敬語やめて!……悪かったって」

 何でダメだったんだと聞いてくるので何でダメじゃ無いと思ったのかと逆質問をする。頭に顎を乗せるのをやめろ、振動が響いて不愉快だ。そう言うとスリスリと頬擦りをされた。やめろ。

「だって、恋人の物を身に付けるのってよくね?オレさまはオマエのモノなんだって感じる!」
「頭大丈夫?」
「なんで!」
「私はそうは思わないから」
「なんで!?」

 いやこっちが聞きたい。別に物で縛らなくても気持ちさえ有れば良くないか。態々物に頼る辺り、言っちゃ悪いがティーン時代の恋愛の様に感じてしまう。

「私のを身に付けないと不安ってこと?」
「んー、そういう訳でもねぇけど、そう言う訳もある、かも……?」
「へえ」

 怒ったか?と上から顔を覗き込まれる。垂れ目にくっつきそうな程下がった眉が面白い。

「そんな事しなくてもキバナくんは私のモノだよ」
「エッ!?」
「着替えたいから退いて」

 口元に手を当て目をキュルンと潤ませる巨大男を押し退け部屋に入る。キバナくんは最近何かとああやって可愛子ぶるけど、いい歳したデカイ男がやると正直キモいと思ってしまうのでやめて欲しい。
 いや、世間一般的にはアレもギャップ萌えで可愛いらしいんだけど。昔はもう少しマシだったのにな。
 部屋着を手に取りシャツを脱ごうとした所でドアが開けられる。私着替えるって伝えたよね。

「着替えてるんだけど」
「あのさ!」
「なに?」

 その、とデカイ身体を縮こませて指をツンツンモジモジしているキバナくん。今時こんな行動をするのは初心な少女マンガでも無いと思う。

「キバナくん?」
「えっと……。オマエがちゃんとオレのこと愛してくれているのは分かったんだけど、やっぱりこれからもオマエの物身に付けたい!です!」
「ええ……」
「ダメか……?」

 今にも泣きますけどと言うようにキバナくんが目を潤ませながら首を傾ける。どうせ此処で拒否をしたらなんでどうしてやっぱりオレのこと嫌いなんだろと癇癪を起こされるのは目に見えている。結局聞かれているようで私の回答は一つしか用意されていないのだ。
 諦めて溜息を吐くとキバナくんの肩が大きくビクつく。

「……分かったよ。私の物付けても良いけど報告はして欲しい。私が付けたいかも知れないし、無くしたと思って焦るから」
「分かった!オッケー!絶対そうする!」
「あと、SNSでは上げないで」
「オッケー!了解!分かった!」

 両手を上げて喜んでいたキバナくんに勢いよくギュウと抱きつかれる。う、苦しい。腕をバンバン叩くとゆっくりと拘束が緩められる。

「そうだ!オマエもオレさまの付けて良いからな!」
「キバナくんのを?」

 普段キバナくんが身に付けているアクセサリーを思い出す。バトル中は邪魔にならないようにシンプルなストーンだけの物だけど、普段使いで数も多いのは如何にも男性向けという感じの厳ついシルバーアクセサリーだ。
 明らかに私が付けていたらおかしいし、ユニセックスのコーデをしたとしてもそれだけ浮くのは間違いない。

「いや、私はいいや」
「なんで!?」

 なんでなんでどうしてとウザいくらい聞いてくるキバナくんに素直に好みじゃないと伝える。じゃあオマエが好きそうなのも買うからと結局強引に約束させられた。
 それって意味あるのかと不思議に思ったが言わないでおいた。私は大人なので。

 キバナくんは本当にめんどくさい。








(そういや今朝私の部屋に入ったって事?)
(エ!?まあ……秘密?)
(なんで?)
(ひ、秘密ったら秘密!)
(ふーーーん)
(……、)
(お互いの部屋は入らないって約束してたと思ったけど)
(……っ!………、てた)
(え?)
(行ってきますの、チュー、してました)
(……)
(……)
(もしかして、毎朝?)
(……ハイ)
(……)
(……)
(……)
(な、何か言ってくんね……)
(いや、……うーん)
(……)
(……別に起こしてくれても良いんだけど)
(エッッ♡す、好きだ……♡)
(あはは、ハイハイ)




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