フィールドワークに押しかける話2

──ボーーピーーー

 頭の上をワタシラガがふわりふわりと飛んでいく。今はママに頼まれたおつかいの途中。五番道路のながーい橋からひろーいワイルドエリアを眺めている。
 遠くに見えるナックルシティのお城の存在感はいつ見てもすごい。いつか近くで見てみたいな。

「ナナシー?」
「わ、」

 遠くから名前を呼ばれたかと思うと黒い影がバサバサと音を立てて近付いてくる。なんだか最近似た様な事があったような。

「やっぱり!こんなとこで何してるんだ?」
「あっ!ホップお兄さん」

 静かに側に降りて来たアーマーガアからホップお兄さんがひょっこり顔を出す。この前逃げるように帰ったきりなのでちょっと気不味い、と感じているのは私だけで。

「オマエ最近どうしたんだ?突然来なくなって」
「え、えへへ……。ママのお手伝いしてるの。もうすぐ妹が産まれるんだ」
「そういえばそう言ってたな」

 あれ、お兄さんアーマーガアから降りて来ちゃった、どうしよう。キョドキョドする私の目線に合わせる様にお兄さんが少し屈んでくれる。

「今日もか?」
「う、うん。今日はバウタウンにお使いなの」

 ふーん、と言いながらお兄さんがスマホロトムを触り出す。何かあったのかな。もしかして、またチャンピオンから連絡とか。
 ママに持たされたバッグの持ち手をいじいじしてお兄さんが話し出すのを待つ。うぅ、やっぱりまだ前みたいにお兄さんと接するのはムズカシイかも。

「よし!オレも着いていくぞ!」
「えっ!?」

 バウタウンだし歩くかとアーマーガアをボールに戻すお兄さん。え、本当に?夢にまでみたお兄さんとのお出かけだけど突然すぎて心の準備が出来ていない。

「フィールドワークは大丈夫なの?」
「ああ!ほとんど終わってるしな。後はカジッチュくらいなんだぞ」
「そ、そうなんだ……」

 そっか、もうお兄さんが来なくなる日も近付いてるのか……。カジッチュさえ見つかったらお兄さんの用事も終わって、私の用事も終わる。
 でも今カジッチュに出会ったとしても告白なんかは……。

「行くぞ!ナナシ」
「わっ!?」

 持っていたバッグを取られたかと思うとそのまま大きな手に右手を掴まれる。ほ、ホップお兄さんと、て、手を繋いでる!?顔が熱くなって、真っ赤になっているのが自分でも分かる。

「ナナシは偉いな。ナナシママも喜んでるぞ!」
「お、お姉ちゃんになるんだから!これくらいは当たり前だもん!」
「はは!ナナシがお姉ちゃんか」

 また揶揄われるのかとチラリとお兄さんを見上げようとする。と、乱暴に頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。

「ちょ!やめてよ!折角ママに可愛くしてもらったのに!」
「ごめんごめん。なあ、ナナシ。妹に憧れられるお姉ちゃんになるんだぞ」
「わ、分かってるもん!」

 お兄さんが大きい手で乱れた髪の毛を梳かしてくれる。うぅ、お兄さんの指が髪に触れてくるたびにドキドキしてしまう。
 気を紛らわせようと視線を逸らすとナックル城が目に入る。

「……そういえばお兄さんはナックル城は近くで見たことある?」
「え?ああ、一応な」
「ホントに!?大きかった?綺麗だった?中に入った事はあるの?」
「待て待て待て!」

 いけない、興奮して思わず質問攻めしてしまった。変な子だと思われちゃう。

「めっちゃ大きいぞ!首が痛くなるくらいだ!綺麗……かはオレはよく分からないけど、歴史あるものが今も人々の生活に馴染んでいるのは凄いことだと思うぞ」
「わー!そうなんだ!」
「中は……ジムチャレンジに参加すれば入れるぞ?スタジアムだし」
「……そうだけど、そうじゃなくって!上に登ってみたいの!」
「上、か……」

 お兄さんがナックル城を見ながら少しだけ怖い顔をする。何か嫌な思い出でもあるのかな。

「とにかく!高い所に行ってみたいの!」
「そういや、オマエよく空を飛びたいって言ってるもんな。なんでだ?」
「え」

 ジッとお兄さんの力強い瞳に見つめられる。

「楽しそう!……だし」
「だし?」
「なんか、強そう?だから……」

 お兄さんがポカンと目を丸くする。仕方無いじゃん、小さい頃に見たアニメの正義の味方が空を飛んでたのが羨ましいんだもん。愛と勇気は友達だもん!

「アッハハ!オマエ可愛いな!」
「か、かわ!?」

 かわいいっていわれた!?一人で混乱してる間にお兄さんがボールからアーマーガアを出す。バウタウンまで歩くんじゃなかったのかな。

「何回もごめんなアーマーガア。ナナシ、空を飛ぶぞ!」
「え!?わわっ!」

 ホップお兄さんに抱っこされたかと思うとそのままアーマーガアの背に乗り、お兄さんの前に座らされる。
 ち、近いしすぐ側からお兄さんの香りが……。

「これに捕まるんだぞ」
「う、うん…」

 お兄さんが握っている手綱を私もぎゅっと握る。これを離したら落ちて死んでしまうかもしれないんだ。
 手綱から緊張が伝わったのかアーマーガアがこちらを振り向く。お兄さんが問題ないと言うと同時にお腹に腕を回してくる。ピャッ、だ、だから近いって……。

 初めて空を飛ぶ緊張か、お兄さんとの接近、むしろ密着による緊張か分からないまま宙へ浮かび始める。

 楽しそうと言ったものの、やっぱり怖くて。どうしても目をギュッと閉じてしまう。お兄さんが何度も大丈夫だと言ってくれるが目を開けられない。

「……ほら、ナナシ!目を開けるんだ。ポケモンの群れがいるぞ!」
「ぇ……、」

 アーマーガアがスピードを大分緩めてくれたので恐る恐る目を開く。

「わあ……!あれマメパトだよね!」
「ああ、ケンホロウ達もいるし家族みたいだな」
「すごーい!」

 手をブンブン振ると先頭を飛んでいるケンホロウ?ってポケモンが大きく鳴いて挨拶をしてくれた。すごい!カッコいい!
 嬉しくって手を振り続けていると後ろから小刻みな振動が伝わってくる。

「お兄さんどうしたの?」
「いや……ははっ!ほら、怖くないだろ?」
「!」

 そういえば、すっかり恐怖はどこかへ行ってしまった。風に乗って飛んでいるポケモンを見たからだろうか、今はそよそよと顔に当たる風が気持ちいい。

「うん!空を飛ぶのって楽しい!ホップお兄さん、ありがとう」
「どう致しましてだぞ!ほら、ナックルシティだ!」

 不思議な感覚で地面が近づいて行く。…この浮遊感はちょっと慣れないかも。
 アーマーガアが降りたのはナックル城の入口、初めて見る大きい建物にポカンと見上げることしかできない。

「大きい……」
「本当、何度見てもすごいんだぞ」

 周りも見てみるかと再びお兄さんに手を繋がれ歩き出そうとすると後ろから声をかけられる。

「ホップじゃないか!」
「あ、アニキ!とキバナさん!」
「よ!」

 え!この人ってあの無敵のダンデじゃないの!?しかもあっちはキバナ!?二人とも大きい……、お兄さんよりも大きい。

「アニキなんで此処にいるんだ?」
「次のトーナメントの打ち合わせだ!そうだ、次こそはホップも参加してほしいとユウリくんが言っていたぜ?」
「あー、考えとくぞ」

 ホップお兄さんとダンデが楽しそうに話している。しかもお兄さん、ダンデのことアニキって呼んでる?ダンデはお兄さんのお兄さん?あれ、つまりホップお兄さんってチャンピオンのライバルの?あれ?なんだか分からなくなってきちゃった。
 グルグル考え込んでいると近づいて来ていたキバナと目が合う。で、でか……。

「ホップ、かわい子ちゃん連れてんな。ガールフレンドか?」
「!?」
「ち、違うんだぞ!ナナシはそんなんじゃ!それにナナシはまだ子供だぞ!」

 子供…。そうだよね、今年やっと十歳になる私はお兄さんに比べたらまだまだお子ちゃまだ。少ししょんぼりしてしまって俯いてしまう。
 すると突然誰かに抱き上げられ視界が高くなる。目に入ったのはお兄さんとそっくりなイエローの瞳で。

「ホップ、レディに年齢は関係無いぜ?女の子はあっという間に大人になる」

 な?と少しだけ意地悪そうな表情で笑いかけられ、お兄さんとそっくりなその顔に思わず顔を赤くしコクコクと頷く。

「アニキ、」
「そうだぜホップ。ちゃんと構ってやらないとすぐに愛想尽かされちまう」
「キバナさんまで……」

 キバナさんが頭をポンポンと撫でてくれた。ダンデに抱き上げられているからキバナの顔も近い。それでもまだキバナの方が高いけど。

「レディ、オレはダンデ。ホップの兄貴だ。レディのお名前を教えてくれるか?」
「ナナシ……」
「オレさまはキバナだ。よろしくな、ナナシ」

 キバナが私の手を取って手の甲にちゅっとキスを落とす。王子様みたい!
 それにやっぱりダンデはホップお兄さんの兄弟ってやつらしい。ホップお兄さんってすごい人なんだ。

「キバナさん!」
「何かダメだったか?」
「それは……!」

 楽しそうなキバナさんに対して少し怒った様子のお兄さん。なんだかお兄さんの為にも早くこの二人から離れた方がいい気がして、抱き上げているダンデの腕をちょんちょんと叩く。
 でも首を傾げられてイマイチ意図が伝わらない。なんで。

「そうだナナシ、もしかして城に登りたいんじゃないか?」
「えっ」

 よく子供たちが登らせろって来るんだよなとキバナが頭の後ろで腕を組みながら話す。

「そうなのか?ナナシ」
「う、うん……」
「じゃあ特別にキバナ様が許可を出してやろう!ただ中は入れられないから外からな」

 外からって?とポカンとしているとキバナがフライゴンをボールから出す。もしかして。

「オレも久々に行こう!リザードン!」
「ばぎゃあ」

 地面に降ろされたかと思うと、今度はダンデがリザードンを出す。と、ダンデとキバナが顔を合わせ、こちらに其々手を差し出してくる。

「ナナシ、どっちと行きたい?」
「勿論オレさまだよな?」
「え!?えっと……」

 どうしようとホップお兄さんを見るけど何故か視線が合わない。こちらを一度も見ることなくお兄さんはアーマーガアに乗り込んでしまった。
 もう一度ダンデとキバナを見ると楽しそうにニヤニヤしている。なんなんだろう、この人たち。

「ホップはいいのか?」
「オレはいいんだぞ」
「そうか。ほら、ナナシ」

 早く選べと差し出され続ける大きな二つの手。本当はホップお兄さんが良いけど、でもお兄さんにはその気が無さそう。
 仕方なく、ダンデの手を指差す。少しでもお兄さんに近い人が良い。

「は〜?ダンデかよ」
「はは!悪いなキバナ。さあ、ナナシ」

 ダンデが両手を開いてしゃがんだので、トタタと近付き首に手を回す。と、左腕に座る様にして持ち上げられた。すごい、パパはもう片手では抱っこしてくれなくなったのに。
 リザードンに声をかけながら背に乗りこむ。お兄さんのアーマーガアとは違い手綱は付いていない。だから自然とダンデの身体に引っ付き、落ちない様にしがみ付く。

「そうだ、そのままオレに捕まってるんだ」
「う、うん!」

 ふわりと慣れない今日何度目かの浮遊感。トレーナーになったらこの浮遊感に慣れないといけないのか……。無理かもしれない。
 安心したくて、お兄さんを見るけど一瞬合った視線はすぐに逸らされビュンと先に飛んで行ってしまう。
 私何かしたのかなと悲しくなっていると、耳元からクツクツと笑いを堪える音。

「ダンデ?」
「ん?ああ、すまない。……ふふ、初めて見る反応が面白くてな」

 後で謝るから気にするなと頭を撫でられる。なんの話かよく分からない。けど、その撫で方はお兄さんに似ていて少しだけ安心する。
 ボーと眺めていた小さくなって行く地上の人たちが壁によって見えなくなり、直ぐに地面に足がつく感覚。やっと着いたみたいだ。
 ヒョイとダンデに抱えられたままリザードンから降りる。地面に足を着けると少しフラついたがなんとか立てた。

「ほらナナシ、見ろよ」
「え?……わあ!」

 キバナが来い来いと手を動かすので近付く。そこから見えるのはいつも見ている橋からの景色とは反対側、しかも橋よりも高いのでより奥まで見渡せる。
 すごい。私はいつもあそこからこのお城を見ていて、今はそのお城から見ている。雲もあんなに近い。ジャンプしたら届きそうだ。いやそれはちょっと無理かも。

「ホップ、説明してやりなよ。あそこが何処とか」
「え、オレが?キバナさんの方が」
「オレさまそろそろ仕事に戻らねえとな〜!」
「あっキバナさん!」

 キバナが満足したらまた飛んで帰りなと言い残し中に入って行く。こんな緩くて良いのだろうか。
 でも、ホップお兄さんは今日なんだかいつもと違うから説明なんかしてくれそうに無いし、ダンデに、とチラリと見るとオレは分からないぜと先に言われる。

「は〜〜。分かったぞ……ナナシ、こっちだ」
「え、う、うん!」

 盛大に溜息を吐いたお兄さんに腕を引かれる。今日何度目かのお兄さんとの接触だが、私の心臓は懲りずに早くリズムを刻んでしまう。
 私だけがこんな事になってるのが恥ずかしい。お兄さんの事は諦めてしまいたいのに。

「ナナシ、あれがターフとバウを繋ぐ橋ってのは分かるよな?」
「う、うん!朝そこに居たもん!」
「そうだな。で、あの川の向こうがターフタウンだぞ」
「じゃああの平べったいのがヤローさんの?」
「そうだぞ」

 近くにいるととても大きいスタジアムも離れるとこんなに小さく見えてしまうんだ。なんだか分かってはいるけどイマイチ理解しきれなくて、変な気持ち。
 距離があるだけでこんなにも変わってしまうのか。それはもしかしたら、感情でさえも。
 ターフタウンを眺めていると後ろからダンデに話しかけられる。

「ナナシはターフに住んでいるのか」
「うん。ママもパパもターフ生まれだって言ってた」
「それはいいな!」

 ターフは良い街だとダンデが言ってくれて嬉しくなる。ポケモンにも人にも優しいヤローさんをターフの人間は尊敬し見習っている。だからジムチャレンジも一つ目のジムに選ばれているのよってママが言ってた。私はそんなターフが大好きだ。

「ホップお兄さんはどこに住んでいるの?」
「オレはハロンタウンだぞ。ここからは……流石に見えないけどな」
「なーんだ」

 お兄さんが住んでいる街を遠くからでも見てみたかった。お兄さんの指差す先にはワイルドエリアとエンジンシティの建物で遮られ、その先は見えない。

「じゃあダンデもハロンタウンに住んでるの?兄弟なんだよね」
「いや。オレはシュートに住んでいるぜ!」

 あっちだ!とダンデが指差す方向は明らかに海の方角で。ガラルの地図が頭に入っている訳ではないが、確実にシュートシティは海に面していなかったと思う。

「アニキ、あっちだぞ……」
「はは、そうだったか!」

 反対側の柵へ駆け寄りお兄さんの言う方向を眺める。ナックルシティとは違う近代的な街並みが見える。

「都会だー!」
「ガラルで一番栄えているからな!」

 ここから見ても大きいタワーとお花みたいなスタジアムがよく見える。あ、あれは。

「観覧車?」
「そうだぜ!あれはシュートでも二番目に人気の場所だな」

 一番目はもちろんスタジアムだぜとウインク付きで言われる。そういえばシュートスタジアムではしょっちゅうトーナメントが行われているっけな。
 そんなことより。

「ダンデ!私観覧車乗りたい!」
「そう来ると思ったぜ!それはまた今度だな。オレがシュートを案内してやろう!」
「ダンデが?」
「アニキには無理だと思うぞ」

 ホップお兄さんの呆れた声にニヤっと私に笑いかけ、ダンデがホップお兄さんの肩を叩く。

「勿論ホップも一緒にな!」
「オレも!?」
「オレだけでは何処に行くか分からないぜ?下手すれば誘拐犯になるかもしれない」

 ホップお兄さんと観覧車……。の、乗りたい。だって、観覧車ってデートの定番ってヤツでしょ?

「お兄さん!私お兄さんと観覧車乗りたい!」

 そしたら、お兄さんを完全に諦めるから!それは心の中で叫んで、お願いとおねだりをする。
 ダンデも一緒になっておねだりをしてくれるのでお兄さんは頭を掻きむしりながら渋々分かったと頷いてくれた。

「分かったぞ!全く、アニキまで……」
「はは!よかったなナナシ!」
「うん!」
「ただし!」

 お兄さんが私に人差し指を突きつけてくる。

「ちゃんとナナシママから許可を貰ってからだぞ。暫くはナナシの支えが必要だろうし」
「何かあったのか?」
「もうすぐ赤ちゃんを産むの」
「そうなのか!」

 ダンデが大きい手で頭をワシワシと撫でてくる。あれ、なんだかデジャヴ……。

「じゃあ少しの間は我慢だな。ナナシ、何かあったらオレに相談すると良い!なんてったって、オレは兄貴だからな!」

 兄も姉も一緒だぜと笑うダンデに釣られて私も思わず笑ってしまう。お姉ちゃんになるってちょっと怖かったけど、お兄さんの兄貴のダンデが助けてくれるなら大丈夫かも!

「うん!分かった、ありがとうダンデ!」
「ああ!」

 タイミング良くリザードンがダンデのボールから出て来た。ダンデの服を噛みぐいぐいと引っ張り出す。

「ああ、もう時間か。サンキュー!リザードン」
「ばぎゃ」
「じゃあな、ナナシ、ホップ!オレはもう行くぜ!」

 早く早くと急かすリザードンに軽やかに飛び乗り話しながらもドンドン離れて行くダンデ。凄い連携だ。
 さようならと手を振るとニッコリ笑って振り返してくれた。なんだか、忙しい人だな。

「もう行っちゃった」
「もう少し落ち着いて欲しいんだぞ」

 お兄さんが微妙な顔をして小さくなったダンデを見つめる。もうあんなに遠くに。
 私たちも帰らなければ。そうだ、バウにお使いへ行く途中だったんだ。

「お兄さん、お使い……」
「ん?ああ、そうだったな!行くぞ」

 アーマーガアをボールから取り出し、また抱っこされて前に乗せられる。手綱をしっかり持って、良し。
 大丈夫だよとお兄さんを振り返ると頷かれてまたまたお腹に腕が回される。あれ、なんだか朝よりもピッタリとくっ付いているような。

「飛ぶぞ!」
「う、うん!ぅ……」

 ふんわりと感じる重力。慣れない浮遊感にやっぱり手綱をぎゅうと握ってしまう。それに気付いたのか、同じく手綱を握っていたお兄さんの手が私の手に重ねられる。

「大丈夫だぞ、ナナシ」
「ぅん、慣れないだけ……」

 アーマーガアは絶対私たちを落とさないもんと言うと当たり前だと言うようにアーマーガアが鳴く。私の声もちゃんと届いているんだと安心感。
 でもこの浮遊感には慣れない。これはもう体質なのかもしれない。

「ナナシは、」

 耳元でお兄さんが話してくる。少しだけ掛かる息がくすぐったい。

「なあに?」
「……ナナシは、アニキの事好きか?」
「え、ダンデ?」

 質問の意図が分からず思わず聞き返してしまう。

「んー、ダンデの事、好きだよ?多分」
「そうか……」
「だって、お兄さんのアニキだし!」
「オレの……。……ははっ!」

 楽しそうに笑い出すお兄さん。どうしたんだろう、今日のお兄さんはなんだか変だ。

「ナナシ、オレのことも呼び捨てで呼んでいいんだぞ」
「えっ!お兄さんはお兄さんだもん!」
「ダメか?」

 アニキとキバナさんは呼び捨てにしてるぞと詰められる。だってそれは、有名人だし、街の人も皆呼び捨てにしている。
 お兄さんを呼び捨て、は流石に出来ないけど。

「ほ、ホップくん……」
「!」
「ホップくん、でいい……?」
「ああ、勿論だぞ!」

 ホップくん、ホップくん。うん、ふふ。なんだか距離が縮まった感じ。
 ……いや、ダメじゃん!距離を取らなきゃなのに。だってお兄さんはチャンピオンと……。
 でも今更やっぱり無しとは言いにくい雰囲気。し、仕方ない、よね。

 結局その後、難しい顔を隠しきれなかった私は体調が悪いのかと心配され、お使いを済ませると早々に家へと返されるのであった。




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