私は保護者ですが!
ここ連日、家の前の草むらに長時間居座っている子が居る。なんでもポケモン博士を目指しているらしく、今はガラル中のポケモンの生体を観察しているとの事。私よりも若いのに夢があって素晴らしい子だ。
初めこそ家出とか訳有りの子かと怪しんでいたけれど、そんな大きい夢について目をキラキラさせて話されてしまえば協力するしか道はない。
すっかり親気分になった私は一日に数回顔を出しに行くし、おやつや飲み物などの差し入れもする。
今日も前に美味しいと言ってくれたマドレーヌを焼いてお盆に乗せる。今日は日差しが強いから冷たい飲み物と保冷剤を巻いたタオルも一緒に乗せて。
いざ、と家を出ると草むらの中には目当ての子、とその側にもう一人知らない男が居る。平均男性よりも体格の良いあの男は一体誰だ。帽子を深く被り、マスクまでしている。
あの子は男の子でも可愛いもの、まさか変な大人に絡まれて……?
「ほ、ホップくーーーーん!!!!」
「わっ、何だ!?」
「ん?」
グラスの中身をこぼさないギリギリの速度で足を動かす。ホップくんの様な将来大物になる偉大なる若い芽を、そこらの醜い大人に摘ませないんだから!
ホップくんと男の間に割り込み、驚いた様子で私を見下ろす男に立ち向かう。が、想像以上にデカくてビビる。身長はもちろん、身体の分厚さが違う。
……いや、こんな所でひよってなんかられない!
「こ、この子に何か御用ですか!?」
「キミは?」
「ちょ!ナナシさんっ」
「ホップくんは黙ってて!」
お盆を持つ手が震えてしまう。この人に殴られたら死ぬ。Tシャツの袖から出ている太い腕の筋肉と、素人目に見てもバランスよく鍛えられた身体がそう言ってる。『逆らう奴は殺す』って。
でもホップくんだけは、この子だけは絶対に守らないと!たとえ私に何があったとしても!
「私はっ、ホップくんの保護者ですけど!!」
「え!?」
「……そうなのか!」
う、嘘だけど、嘘じゃ無いもん。私はホップくんがここに居る間だけの母親だ。私がそう決めたんだから!
保護者という単語に慄いた男が目を見開く。早く立ち去りなさいよ!この不審者が!
「貴方は誰ですか!今すぐ警察に、」
「兄だぜ」
「へ?」
「だから、オレはホップの兄だ」
ホップの兄?そんな言い訳が通じるとでも?よくそんなバレバレな嘘をつくものだ。本人が目の前に居るというのに!
一応念のため、ホップくんを振り返り確認する。と、ウンウンと頷いている。……あれ?
「ほ、ホップくん。もしかして」
「ナナシさん、この人はオレのアニキだぞ」
「ぇ……」
「……ナナシさん?」
「……ふふっ」
はっはっはっ!と大きな笑い声が辺りに響く。私でも無い、ホップくんでも無い。そうなると残るのはもう一人の人物のもので。
「はははっ!……で、いつからキミはオレの弟の保護者になったんだ?」
「……」
「どうした?」
「……す、」
「ナナシさん?」
「すいませんでしたああああああ!!!」
持っていたお盆をホップくんに押し付け、叫びながら家にとんぼ返りする。恥ずかしい、本当にホップくんのお兄さんだったなんて。
ホップくんを守るためと咄嗟に出た保護者発言が恥ずかしすぎる。あの場に居た全員が嘘だと分かっていたなんて。何のための嘘だ。
終わった、全てが終わった。もうホップくんに会いにいけなくなった。私の最近の楽しみが、癒しの時間が終焉を迎えた。私の所為で。あーあ、私のバーカバーカ!
言われてみれば髪とか瞳とか肌とか顔立ちとか、なんとなく似てるじゃんか。気付けよ!私のバーカバーカバーカ!
家中の窓とカーテンを閉め切り、外界との接触を全てシャットアウトする。もう今日の私は営業終了した。また次回、不定期の営業日に来てください。おやすみ世界。
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鳴らされたインターホンで不貞寝から目が覚める。たっぷり時間を置いて玄関へ向かった私は、扉の前に置かれていたお盆とその上に乗せられたサイン入りのリーグカードに腰を抜かすことになる。
──マドレーヌ、美味かったぜ!また来る ダンデ