寂しくなっちゃったンデ

「今日はもう休むよ」
「そう。おやすみ、ダンデ」
「……おやすみ、母さん」

 久しぶりに母と交わす挨拶に、少し照れてしまう。近年この家に帰るのは大体が昼間で、それも夜にはシュートの自宅に戻る日帰りが多かった。こうして泊まるのはいつ振りだろうか。既に人生の半分以上もこの家で過ごしていないのは、世間的には親不孝なのかもしれない。

 電気も付けずに暗いまま階段を上る。なんだかんだと言っても家の構造は覚えているし、暗闇でも何の問題もない。流石に実家で迷う事もないしな。
 階段を上り切り、自分の部屋と向かいの部屋に視線を向ける。部屋からは灯りが漏れていない。既に部屋の持ち主が就寝しているからという訳ではなく、この時間になっても不在だからだ。

 ジムチャレンジを終えてから、弟はすっかり新しい夢を見つけその勢いのままどんどん新しい一歩を踏み出している。最近では研究所に泊まり込む事も多いと母が少し寂しそうに話していた。少しだけ顔を出し、すぐに研究所に戻って行った姿を思い出す。
 弟にはもう暫くの間でいいから実家に居て欲しいと願ってしまう。自分が出来なかった事を弟に託そうとするのは兄としてどうかと思うが。

 久しぶりだというのに埃一つ立たないベッドに座り、部屋を見渡す。きっと母か祖母がきちんと掃除をしてくれているのだろう。あの二人には本当に頭が上がらない。もちろん祖父にも。
 この雑誌の束もいい加減捨てなければ。前に帰って来た時に纏めただけで、捨てるまで行けなかったんだった。キャップも新しいのをいくつか持ってくればよかった。買うだけ買って開けないままの物が溜まっていた筈だ。
 来る度に次は何をしようと決め、結局忘れて何も出来ずに次に持ち越す。毎回これを繰り返しているなと自分自身に呆れて笑ってしまう。どうしたものか。

 それにしても、こんなに静かな夜は久しぶりだ。窓の外から人工的な灯りは入って来ないし、車の音も、喧騒も聞こえない。聞こえるのは夜行ポケモンの鳴き声だけ。煩ければ気になるのに、静かすぎても気になる。ベッドに寝転んでも頭も目も冴えてしまい寝付けない。いつもはどうやって眠っていたか。
 寝返りを打ち、腕を伸ばす。だがその腕は目当てのものには触れずシーツへ落ちた。ああ、そうだった。

「ナナシ……」

 ナナシが居ないんだ。いつもはすぐ側に居て、気持ち良さそうに眠るその寝息に合わせて息をして、体温を感じて。そしたら気が付けば眠っていた。だが今日はナナシが居ないから。
 気が付かない内にナナシはオレの生活にこんなにも入り込んでいたんだな。なんだかナナシのことを考えると胸がぎゅうとなる。もしかしたらこれが寂しいというやつなのかもしれない。

 早々に寝ることは諦め、窓を開ける。僅かに感じる夜風の中に、草と土とウールーの匂い、それと母が趣味でやっているガーデニングの花の匂いが混ざっている。昔から何一つ変わらないそれらに、まるで子供に戻ったみたいだ。

 いつかナナシを此処に連れて来たとして、キミは何を感じて何を思うんだろうな。それを一番にオレに共有して欲しい。生まれ育った町を紹介するのは少し物恥ずかしさもあるが、きっとキミならオレが思う以上に楽しんでくれるのだろう。キミなら母とも上手くやれるさ。

 窓枠にもたれ掛かりながらくすりと笑う。ああ、早くキミにハロンを感じて欲しくなって来た。ゆっくりして来てねと見送るキミのことを何度も誘おうかと悩んで結局やめてしまった。だからこそ、次は。
 窓を閉めベッドに寝転ぶ。寂しいよ、ナナシ。オレはキミが居ないと眠ることも出来なくなってしまった。キミもそうだったら嬉しいと考えながら目を閉じる。

 早く会いたい、ナナシ。








「おかえりなさい!」
「ただいま」
「ふふ、久しぶりのご実家はどうだった?ゆっくりできた?」
「ああ!だがやる事が無くて暇だったぜ」
「それをゆっくりするって言うんだよ?」
「そうだったな。……ん?」
「なあに?」
「クマが出来ているぜ。眠れなかったのか?」
「あー、うん。ふふ。……途中何度も起きちゃって」
「……体調でも悪いのか?」
「全然!ただ、ダンデくんが居なかったから」
「オレが……?」
「うん。ちょっとだけ恋しくなっちゃった。だから、今日は抱きしめて寝て欲しいな〜、なんて……」
「ふふ。ああ、勿論だ。残りの休暇はずっとキミと一緒だぜ」
「う、うん!……ふふ、嬉しい!」




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