キバナくんにバカっていう話
「キバナくんのバーーカ!」
「どうしたんだよ急に」
オレ何かしたかと眉尻を下げながらキバナくんがこちらを伺ってくる。その手に持たれているのは家だというのにグラデーションがかった、無加工でも大変映えるジュースが入ったグラス。先程まで流行りの歌を口ずさみながら用意してくれていたものだ。
それをオシャレなガラステーブルの上に置いて隣に座ってくるキバナくん。私が座りやすいようにといつの間にか買い替えられていたこのソファでは、キバナくんの長い足が余ってしまっている。じゃなくて。
「キバナくんがバカだからバカって教えてあげてるんだもん」
「んー、これでも一応学歴も職歴も良いはずなんだけどな」
「……そうだけど、そうじゃないもん」
ガラルで一番の難関校を現役で卒業して、さらには学業と並行し歴史あるナックルジムのジムトレーナーからジムリーダーまで上り詰めたキバナくん。おまけに顔よし声よし身長よしと来た彼をバカだなんて言うのは私くらいだろう。
だって、その人類全てが羨む条件が揃ったキバナくんに唯一おかしな点がある。私と付き合っている事だ。もっともっと相応しい人が山ほど居るのに、なんの取り柄もない私を選ぶなんてバカ以外なんと言えばいいのか。アホ?
「コラ」
「いたいっ」
デコピンをされキバナくんに意識を戻される。と言っても軽いもので、赤くすらならない力加減。キバナくんは優しすぎる。
「また変なこと考えてるだろ」
「そんな事ないもん。ただキバナくんはバカだなって」
「オレさまバカじゃないもーん」
「……じゃあキバナくんのアホー!」
「アホでもないもーん」
これ飲んで落ち着けよとテーブルの上で汗をかき始めていたグラスを手渡される。ちゃんとご丁寧にその汗を拭き取ってから。本当に細かい所まで気を遣ってくれる。
中のドリンクはジワジワとグラデーションが薄くなり一色になり始めている。写真撮れなかった。勿体ない事しちゃったかも。せっかく作ってくれたのに。
「あ」
飲まずにグラスをじっと見つめていると、横から伸びてきた手が刺さっていたストローでくるくるとジュースをかき混ぜてしまう。僅かに残っていた二色が完全に一色になってしまった。
「また作ってやるから飲みなよ」
「……ホントに?」
「当たり前だろ?それ飲んだら作ってやろうか」
「んー、それはいいかな」
「いいのかよ!」
ガクッと大きくリアクションをするキバナくんを横目にストローを口に咥える。私の好きな味がバッチリ良い感じに合わさったそれはとても美味しい。市販して欲しいくらいだ。まさにリザードン級、ああいやジュラルドン級って言った方が喜んでくれるんだ。
勿体無くて少しずつ飲んでいると隣から小さな笑い声。
「なに?」
「んー?オレさまの恋人は可愛いなって」
「……やっぱりバカだ。バカでアホのキバナくん」
もしかしたらキバナくんの目だけがおかしくて、私を私と見られていないのかもしれない。勘違いか、なら仕方がない。間違いを正してあげなければ。私なんかが完璧人間キバナくんに汚点を作る訳にはいかない。
「あのさ、キバナくん」
「なあ、オレは本当にバカでもアホでもねえよ」
「え?」
隣から反対側の肩に腕を後ろから回され、距離が近付く。元々近かったのにピッタリと触れ合ってしまった。少しだけ緊張してしまう。
唇に触れたままだったストローをグラスから抜き取られ、反対側からポタポタと垂れる雫をキバナくんが舌で受け止める。お行儀の悪いその動きに少しだけどきりとしたのは何故なのか。
「オレさ、昔からそれなりに勉強もできたしバトルもできたし人気者だった訳」
「?……そうだね?」
「だから周りに置く人間はちゃんと見極めてる訳よ」
「へえ」
トレーナーしかりスタッフしかり友人しかり、とストローを指で弄びながら挙げられていく。
「勿論、恋人もな」
「……」
「オレがオマエを選んだ。それに不満があるのか?」
「……わかんない」
「そっかー、わかんないかー。じゃあそのモヤモヤを一つずつ解消して行ってやるよ。まずはオレが思うオマエの可愛いとこな。一つ目は〜、」
「いっいい!いらない!言わなくていい!」
そうか?とニヤニヤしながら再びグラスにストローを入れ、ぐるぐるかき混ぜるキバナくん。なんだか無性に口が渇いたのでジュースを飲みたい。ストローを持つその手を止めようとすると、何故かキバナくんがストローを口に含んでしまう。なんだ、キバナくんも飲みたかったのか。
口が離され今度こそ、とグラスごと近づけようとすると大きな手によって阻止される。なんでと思った時には口の中にジュースが入っていて。
「んっ……ふふ。かーわいい」
何故だかは分からないけど、ジュースはさっきよりも甘く感じられた。