これも一つの経験だった

 恋人関係の始まりにはいろんなパターンがある。好き同士が想いを告げあうパターン、片方が想いを告げ片方が受け入れるパターン。あとは大人の関係から、なんてパターンもあるし、とにかく人の数だけパターンがある。
 私の場合は、片方が想いを告げ片方が受け入れるパターンだった。私が相手に恋をして、想いを告げたら受け入れてもらえたのだ。

 ただ、その想いが返って来ていない事に気付いたのは最近のこと。

 それに気付かされたのは偶然だった。彼がシャワーを浴びるといいテーブルの上に無防備に置かれたスマホ。今や個人情報の塊と言っていいそれを無断で見る、という事は流石にしないけど、どうしても通知だけは見えてしまう。
 あまり普段彼はスマホを触らないというのに、珍しくピコピコと鳴る通知音。恐らくメッセージアプリか何かだろうと気にしない様にしていたが、余りにも通知が来るので好奇心に負け画面を見てしまった。

──ダンデ、まだあの女と続いてるんです?
──あ!オレさまも気になってた!
──賭けたのは謝りますがそんなムキにならなくても
──本当負けず嫌いだよな、ダンデって

 目に入った文字がひとつも頭に入って来ない。いや、嘘だ。頭は冷静にその意味を理解している。送られて来ている名前から察するに、キバナさんとネズさんだろう。
 あの女とは私を指すのだろうか。続いているという表現が恋人関係を表しているのなら、私しかいない。
 バクバクと嫌に激しく脈打つ心臓が痛い。これなら、まだ浮気相手からの連絡の方がマシだったかもしれない。それはそれで嫌だけど。でも、こんな。
 当の本人が見ているとは知らずに二人の会話は続いて行く。

 そうか、そうだったのか。

 彼が本当に私を好きなのかなとは何度も疑問に思った事はある。だってそれは、彼がこの地方の元チャンピオンで、今では新しく設置されたバトルタワーのオーナーで。本当なら何も突出したものが無い私なんかが付き合える相手では無いのだ。
 チャンピオンを降りることとなったバトルを生で観戦して、負けたのにも関わらず笑顔を絶やさずに会場を盛り上げる彼に私は惹きつけられた。皆が新しいチャンピオンに釘付けになる中で、私だけが彼を見つめていた。
 それからは彼の出演する過去のメディアをひたすら漁り、気が付けば新しく開かれたバトルタワーに挑戦していた。私はジムチャレンジに挑戦した時にトーナメントまで残る事はできるくらいの実力はあったので、幸運にも何度か段位戦で彼に挑む事が出来た。
 実際に対面する彼は、映像で観たものとは違うものだったけれど、的確に飛ばされるポケモン達への指示は私の何枚も上手を行くものだった。

 彼に勝てた、その時にこの想いを告げようと、ガムシャラになって挑戦し続けた。何度も挑戦し、顔を覚えてもらってからも更に挑戦し、私は段位を上がることが出来た。つまり彼に勝てたのだ。
 バトル終了の握手をし、離れようとするその大きな手を両手で握って想いを伝えた。こんな事よくあるだろうし、断られるだろうと思っていたが意外にも受け入れてもらえた。それがつい三ヶ月前。
 彼が極度の方向オンチということもあり、早々に部屋に招かれるようにはなった。が、キスも、セックスも、指一本触れ合うことすらない。
 まだ一ヶ月だし、まだ二ヶ月だし、まだ三ヶ月だし。そう自分に言い聞かせていたけど、彼にとって私はただの恋人という名札を付けられた人間で、それ以上でも以下でも無いのだろう。

 一人不在のまま二人の会話は続く。話題はコロコロと変わり、この二人の前でなら彼もこうやっていろんなことを話すのだろうと推測される。
 私と二人きりの時は殆ど私が話すか無言の時間。私も話すのがあまり得意では無いので、最近では一緒の部屋に居ても其々別の事をしている時間も多かった。
 彼はこんなにも興味が無いとアピールしてくれて居たのに。

 きっとこの二人は私と彼がいつまで続くかをこっそりと賭けていたのだ。それを知った彼が怒って、気持ちは無いけれど二人への当て付けとして私との恋人関係を続けている。とかだろうか。
 だから彼の部屋で二人きりになってもそんな雰囲気には一切ならないし、する気すら無かったのだ。勿論公表なんかもしていなくて、相談すら無くて。だったらこんな無駄な関係、早々に終わらせる方がいいだろう。

 シャワー室から脱衣所への扉が開く音が聞こえ、まだまだ通知を鳴らし続けるスマホをそっとテーブルに戻す。彼が家ではロトムを休ませるタイプで良かったと、今日ほど思う事はないだろう。
 さっと荷物を纏め、リビングを出る。脱衣所の前で扉越しに居る彼に向かって声を掛ける。

「あの、ダンデさん!」
「なんだ?」
「わ、」

 まだ髪もびしょびしょで、上半身も裸だというのに態々扉を開けてくれた。初めて見るその姿にさっきとは違う意味で心臓が脈打つのは許して欲しい。
 私が荷物を持っているのに気付いたのか不思議そうな顔をされる。

「何処かへ行くのか?」
「あの、……急用ができてしまって。申し訳ないんですけど今日は帰らせてもらってもいいですか?」
「そうか。急ぐなら送って行ってやろうか?」

 濡れた髪のままシャツを着ようとするのを慌てて止める。今から此処を出れば間に合うのでと伝えるとそうかとだけ返してくれた。
 これもそうだったのか。彼は私が話す事に対してそうかとしか返さない。基本的に興味が無かったんだろう。今だって急用の詳細なんか聞いて来ないし。まあ聞かれても困るけど。

 しっかり髪を乾かしてくださいねと伝えると困った顔をして笑う彼を扉を閉じる事によって視界から外し、玄関へ向かう。
 靴を履き替えている間にバリコオルが玄関扉を開けてくれたので丁寧にお礼をし、いまだに慣れない高級マンションを飛び出す。

 たった三ヶ月間だけだったけど、私にとっては夢のような期間だった。不思議と怒りは湧いて来ないのは、何処かでいずれこうなると分かっていたからか。
 あとはこのまま連絡先もブロックして、消してしまって。幸いにも彼は私の家も、職場も、家族も友人関係も知らないのでそれで問題なくフェードアウト出来るだろう。
 こんな時に彼が私に興味無かったことが役に立つなんて、人生なんだかんだ上手く出来てるものだ。いや、興味が無いからこうなったのか。
 直接別れを告げることが出来ないのは、最初で最後の私の我儘だから、どうか許して欲しい。

 彼と付き合った経験を生かして、次こそはちゃんと私に興味を持って、私を愛してくれる人と付き合うのだ。
 この三ヶ月がイレギュラーだっただけで、私は極々普通の一般人なのだから。それまでは少し前の生活に戻るだけ。簡単なことでしょう。ね、私。

 強がる私の思考とは逆に、ズキズキと胸が痛んで涙が頬を伝った。




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