ハチミツの日

『そしたらホップくん、オレに付いてた蜜を舐め始めてさ〜』

「……」
「ナナシも蜂蜜追加するか?」
「う、うん!」

 ほら、とホップくんから手渡されたミツハニーの形をしたボトル。この中にはあま〜い蜂蜜が入っている。今しがたニ段に重なったパンケーキにそれを程よく掛けたホップくんが、早速美味い美味いと口に運んでいく。
 実は、私はホップくんよりも先に掛けさせてもらっていて、ここに更に追加で掛けるとなると多すぎる量になってしまう。なら何故食べないのか。
 それはこの前数ヶ月ぶりに帰ってきた新チャンピオン様が原因だ。

 ホップくんとマサルくんがジムチャレンジを終えてすぐ、マサルくんは修行として、ホップくんは博士のお手伝いとしてヨロイ島に向かった。マサルくんの話によると、途中ホップくんと一緒に探し物をした際にマサルくんが何故か大量の蜜を被るという事件が起こったらしい。そしてそれをなんと、ホップくんがペロリと舐めたのだという。なんで?
 私はマサルくんよりも長くホップくんと一緒に居るのに、そんな事された事が無い。正直に言ってしまおう。私はマサルくんが羨ましいし、大分嫉妬している。この話も私がホップくんの事を好きだと知っていて、ワザと伝えてきたのだ。チャンピオンのくせに性格が悪い。ダンデ兄ちゃんを見習って欲しい。

 それから私は蜂蜜を見るたびに『ホップくんがマサルくんを舐めた』という事実が頭の中をぐるぐると回り、そして今、何がなんでもホップくんに舐めさせたいと考えている。
 とりあえず、既に十分に掛かっているパンケーキに追い蜂蜜を行う。それを口に含む際に頬っぺたにうっかり付けてしまおうという単純明快な作戦だ。そうと決まればさっさと実行に移すのみ。
 たっぷり、ひたひたになるほど蜂蜜を掛けたパンケーキを少し大きめに切り分ける。それを口に運ぶフリをしつつ……、あっ!うっかり手元が狂っちゃって頬っぺたにべったりと蜂蜜が!
 よし、いざ!とホップくんを見るとバチリと合う視線。

「オマエ……一体何してるんだ……」
「……あ、あはっ!蜂蜜付いちゃった!」
「いや付いちゃったっていうか、今ワザと……」
「ワザとじゃないもん!うっかりだもん!」
「……はいはい」

 私がうっかり手元を狂わすのを前からしっかりとホップくんは見ていた様だ。目敏い奴。段々ダンデ兄ちゃんみたいになって来ている。
 そんなホップくんが呆れながらテーブルの隅に置いてあったティッシュを取ろうとするのを慌てて止める。

「なんだ?ティッシュ要るだろ?」
「要らない!」
「は?」
「だってホップくんが舐めてくれるもん!」
「はあ!?オマエ何言ってんだ!?」

 大きな声を出して勢いよく立ち上がるホップくん。椅子と床が擦れた音と振動が響く。あーあ、ホップくんまた床に傷がつくっておばさんに怒られちゃう。
 そんな私のどうでもいい心配を他所に、ティッシュを乱暴に三枚ほど取ったホップくんがグリグリと頬っぺたに付いた蜂蜜を拭いとってくる。というか強い力で塗り込まれている?新しいマッサージか何かですかホップくん。私がまた可愛くなっちゃ、いたたたたっ!

「いたっ痛いよホップくん!」
「バカな事言ってるナナシが悪いぞ!」
「ごめんなさいっ、うぅ……」
「まったく!」

 続き食べるぞとホップくんが椅子に座り直す。ちぇ、失敗しちゃった。いいもんね、いつか絶対舐めさせてやるんだから!この先チャンスは何度もあるはず!多分!

 だから覚悟しててよね!ホップくん!


****


「マサル、オマエまたナナシに変なこと吹き込んだだろ!」
『え〜、オレは久々に会ったしって修行中の出来事を話しただけだよ?』
「その伝え方に問題がある!」
『どうせナナシちゃんの事だから頬っぺたにワザと蜂蜜でも付けて舐めてとか言ってきたんでしょ』
「……その通りだぞ」
『いいじゃんそれくらい!有り難くペロリと舐めちゃえよ。ホップくんも満更じゃないくせに』
「……それとこれとは!」
『本当君たちめんどくさいよねー』
「……」
『君たちというかホップくんが、だね』
「ホーップくん!あれ?電話中?……あ、マサルくんだ!」
「ナナシっ」
『ナナシちゃん久しぶり〜!あのさホップくんがナナシちゃんのこと』
「マサルっ!!」
「????」
『あはははは!……はーあ』




2021/08/03




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