ダンデ吸い

──ピンポーン

 週の真ん中であるど平日の今日、お付き合いしている人が珍しく急に一日オフになり仕事終わりでいいから部屋に来ないかと誘われた。ので呼び鈴を鳴らしたのだが。

「ん?」

 いつもだったらすぐにドアを開けてくれる彼だが今日はその姿が現れない。何かあったのだろうか。
 いつもと違う事に少しの不安を抱きながら、あまり使用した事のない合鍵でドアを開ける。

「……おじゃましまーす。ダンデくーん?」

 思わず小声になってしまったが返答はない。リビングのドアから光が漏れているのでそちらに居るのだろうか。

「ダンデくん?……あれ」
「おかえりロ〜……」

 リビングへ繋がるドアを開けると案の定彼は居た。が、これまた珍しい事にお風呂あがりにソファで横になって寝てしまったようだ。
 彼のスマホロトムが私が帰ってくる時間だと何度も起こしたのだと申し訳なさそうに言う。

「そうだったのね。最近忙しかったし疲れてるのよ。起きるまで寝かせておこっか」
「ロト〜!」

 思わず大きく返事をしてしまったロトムにシーと静かにの仕草をして小さく笑いあう。
 それにしても彼がうたた寝をしているのを見たのは久しぶりだ。
 身体が資本だと主張する彼は普段から筋トレは欠かさないし生活習慣が乱れるのを良しとしない。それは彼のポケモンたちも同じ。気がつけばウトウトダラダラしてしまうのはいつも私だ。
 彼が寝ている姿を見て、私も早くお風呂に入ってベッドに潜りぐっすり眠りたい欲が込み上げてきた。今日もお仕事頑張ったんだもん。

 ……そういえば、恋人と同棲している同僚が身体も心も疲れた時に一番効くのはカレピ吸いだと飲み会で力説していたな。そして意外にも賛同の声が多かった。

 カレピ吸い、つまりは彼氏の身体に顔を埋めて思い切り深呼吸をするセラピー。
 ダンデくんの仕事が忙しかったこともあり最近はメッセージのやり取りや電話ばかりで顔を合わせる時間も少なかった。だから。

「ちょっとだけ……ちょっとだけだから……」

 クズ男みたいな言い訳をしつつ、よく鍛えられていて私よりも大きい数値を弾き出す彼のたくましい胸に顔を押し付ける。

「スーーーーハーーーー」

 これはやばい。裏で出回っている薬物なんかよりもずっとやばい。知らんけど。

「スゥーーーーーハァーーーーー」

 筋肉が付き硬さも柔らかさもある触り心地の良い肉体と、彼の体臭と柔軟剤が混ざった香り。
 そして彼が息をするたびに上下する感覚に彼が生きていると実感しなんとも言えない幸福感が押し寄せる。

「スゥーーーーーーーーハァーーーーーーーーー」

「…ふふ」
「あ」

 真上から聞こえてきた笑い声に顔を上げる。
 まだほんの少し眠そうな瞼から、いつでもキラキラとしている瞳がこちらを見つめる。

「……ご、ごめんね。起こしちゃった……」
「ふふ。いや、こちらこそ寝てしまっていてすまない。仕事お疲れ様。ところでキミは何をしてたんだ?」
「今日も一日疲れたからね。えーと、……ダンデ吸い!ほら、よくチョロネコ吸いとか言うじゃない?アレのダンデ版」
「ははは!なるほどな」

 納得されてしまったな……。まあ正直に事実を述べただけなのでこれ以上説明はできない。私の彼氏が理解早くて助かる。

「それで、もう"ダンデ吸い"はしなくてもいいのか?」
「う……。じゃあもう少しだけ……」
「なら、先にお風呂に入っておいで。"ダンデ吸い"しながら眠りにつけるようにした方がいいだろう?」
「うぅ、超特急で済ます……」
「ふふ、いってらっしゃいだ!」

 素敵な条件を提示され、渋々だが素直にお風呂へ向かう。
 既にダンデくんは済ませていたので幸い一緒に入って一戦……なんて事もなく平和にお風呂に浸かる。今日はあの幸福感を味わいながら眠りにつけるだなんて。あまりにも幸せすぎるな……。
 持つべきものは、一家に一台触り心地の良い筋肉がついて良い香りがして理解が早い彼氏だ。ああ、ダンデって言うんですけどね。

 有言実行、超特急でお風呂を済ませた私は彼とベットに入り、ダンデ吸いをしながら翌朝まで途中一度も目覚めることなく、快適な睡眠をとることが出来たのでした。


 ……ちなみに、私がダンデ吸いをしている間、彼も私を吸っているとの事でWin-Winな時間だという事をお伝えいたします。




改稿:2021/08/18




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