帰り道にホップ博士と駅で会った話

 スクールからの帰り道、ブラッシータウンへ戻るためエンジンシティ駅の改札を通る。着いたら研究所に顔を出しに行こうかな、そう考えて階段を降りているとホーム上に正に今考えていた、でもここに居るはずのない姿が目に入る。

「ほ、ホップ博士!?」
「ん?おお、ナナシ!」

 慌てて駆け寄ると、今帰りかとにこやかに尋ねられる。それにはそこそこに返事をして、その珍しい服装に目を奪われる。
 いつもはTシャツにストレッチパンツ、その上にヘロヘロの、少し汚れが目立ち始めた白衣を羽織っているのに。今日はパリッとした綺麗な白衣を脇に抱え、ダークグレーの高そうなスーツを身に纏っている。
 こんな所謂『他所行き』の博士を見たのは初めてで、さっきから胸の高鳴りが治らない。カッコいい。倒れそう。

「博士エンジンシティに来てたの?もう帰り?」
「そうだぞ!今日は大きい学会があってその帰りだ」
「へ、へぇ〜〜……」

 疲れた様子でネクタイを緩めるその動作にまたドキリと不整脈が起こる。あ、緩んだネクタイがグレーのベストの所為でぴょんと丸まって飛び出てるの可愛い。死ぬ。
 このまま一緒に居ると、博士によって殺されそうだ。出来れば一緒に帰りたい。でも死にたくない。

「あ、そうだナナシ」
「っ、なあに?」
「荷物持つの手伝ってくれよ!」
「え〜……」

 頼むぞとお願いをされてしまっては手伝ってあげるしか無い。決して顔の前で手を合わせてチラチラこっちを見てくる姿が可愛かったからとかそんなんじゃ無い。ここで断ると変だから手伝うだけだもん。
 仕方ないな〜と口では不満気に言いながら、内心これで一緒に居られる理由が出来たと喜ぶ。なんて純粋で純情なのかしら、私って。

 そうこうしている間に電車が来たので博士と一緒にわっせわっせと荷物を運び乗り込む。
 ブラッシータウンは終点ということもあり、乗客の殆どがエンジンシティで降りた。今この車両に居るのは私たちともう一人だけ。同じスクールの制服を着た男子が居て、ブラッシーから通ってる人も居るんだと感動。会ったことなかったな。
 車両の端っこに陣取っていた博士の元に行き、持たされていたボディバックを渡す。こんなにフォーマルな格好をしているのに結局いつものこのバッグを使ってるなんて、アンバラスすぎて笑っちゃう。

「はい、これ」
「サンキュー!」
「……スーツならビジネスバッグ?とかじゃないの?」
「あー、荷物は全部このキャリーケースに入れてるから別にそれは持ってくつもり無かったんだ」
「あれ?そうなんだ」
「ああ。バイウールーたちがそのバッグに入れろって聞かなくてさ」

 やれやれと笑いながらさっき渡したバッグを撫でる博士。じゃあ、私は博士の大事なポケモンたちを持たされていたということになる。……そういう事はもっと早く言って欲しい。心構えが必要だ。
 ちょっと乱暴に扱っちゃったかもしれない。ごめんねと私もバッグを撫でる。すると上からクスクスと笑い声。

「なに?」
「いや、オレたち親子に見えてるのかもと思って」
「は〜?親子!?」

 年齢が十二歳しか離れていないと言うのに何を言い出すのか。どこからどう見ても……。……恋人、には見えないかあ。
 自分の制服と、博士のスーツを見下ろす。良くて兄妹、だろうか。博士だってまだまだ若いのに、スーツを着てるというだけで大人に見える。博士が制服を着たら絶対学生に見えるし、私と並んでも恋人にしか見えないだろうに。
 早くこの制服を脱ぎたい。博士の隣に並びたい。その為には、スクールでよく勉強しなければいけない事も分かっている。でも。
 頭の中で堂々巡りが始まりそうになった時、頭にぽんと軽い衝撃が走る。

「ごめんって、そんなに落ち込むなよ。おじさんの自虐ネタだぞ?」
「……博士はまだおじさんじゃないでしょ」
「いや〜、そんな事ないぞ。ナナシが卒業する頃にはもう三十だ」
「……」

 三十歳。その頃には博士も結婚、してるのだろうか。ソニア博士みたいに学会で意気投合した人とかと。私の知らない話題で、私の知らない女性と盛り上がって、私の知らない間に関係を深めて。
 結局私がどれだけ頑張って制服を脱ぐ時が来ても、その頃にはもう博士の隣は埋まって居るのかもしれない。なんだか遣る瀬無いな。私が一番博士のことを見てきたのに。……一番は言い過ぎかもだけど。

「はー、やっと着いたな。今日は本当に疲れたぞ」
「……うん」
「じゃあナナシ、またバッグ持ってくれるか」
「……うん」

 うんとしか返さない私に特に不思議がる事もない博士。そもそも未だに興味を持ってもらえない時点でダメなのかもしれない。一番の武器の若さを使ったって、どうせ博士には何の意味も無いのだろう。
 私たち以外誰も降りないホームに荷物を運び出す。キャリーケース二個って、このデジタルの時代に一体何を運んでいるのか。

「……?行かないの?」
「ん?ああ、……よし。さて、研究所まで手伝って貰うかな」

 荷物を下ろしたのに博士は何故か電車を眺めていた。普段はアーマーガアに乗って移動してるし珍しかったのかもしれない。ちょっと可愛いじゃん。
 運ぶのを手伝えと言いながらも、渡されたのはボディバッグだけで。二つのキャリーケースは博士が引き出してしまった。

「え、これだけで良いの?」
「そうだぞ」
「……キャリーケースも一つ貰うよ?」
「いや、結構重いんだ。大丈夫だぞ!」
「分かった……」

 だったらこのバッグだって重くはないんだし肩にさえ掛けてしまえば良いのでは、と言いかけた口をつぐむ。だって、今はまだホップ博士は私と居てくれるんだから。
 彼女が出来た、結婚すると博士の口から聞くまで離れてあげないもんね。

「なんか不思議だな」
「え?なにが?」
「制服のオマエと歩いてるとなんだかオレも学生に戻った気分だぞ」
「!」

 博士助手の免除と飛び級で殆ど通わなかったけどなと笑う博士。そうだ。

「だったら偶に迎えに来てよ!そしたら博士ももっと学生気分に戻れるよ!若い子の遊びも教えてあげる!」
「こら、寄り道はダメだぞ」
「うー」
「……でも、そうだな。偶にはいいかもしれないな」
「っ!本当に!?」

 てっきり馬鹿なことを言うなと返ってくると思っていたが、まさか好感触な返事が来るなんて。
 嬉しくって博士を見上げると、楽しそうに目を細めて見下ろされる。流し目のようなその視線に、また不整脈。

「ああ。気分転換にさせて貰うぞ」
「や、やった〜〜!楽しみ!」
「ははっ!はいはい」

 どうせなら制服を着てと頼んだらそれは流石に無理があると断られてしまった。ちぇっ。
 いつ行けるかは研究次第なので秘密だそうだ。そんなの、毎日駅に向かうのに緊張するようになってしまう。出来れば教えてほしいとお願いしたけど、きっと突然来るんだろうなと想像してニヤけてしまう。ふふ。

 研究所に着いて、バッグを博士に渡す。駅からは丁寧に持っていたので中の子たちも大丈夫だろう。文句があったらその場に出て来ただろうし。

「じゃあね、博士!また明日?明後日?」
「どうだろうな。気をつけるんだぞ」
「はーい!バイバイ」

 バイバイと手をふり返してくれる博士。次はいつ会えるだろう。限られた時間だけど、その日が来るまで私は全力で博士を独り占めしてやる!


****


「あら〜、ナナシの制服姿、久々に見たわね」
「ソニア、邪魔だぞ」
「可愛く成長しちゃって、ホップ博士も気が気じゃ無いんじゃな〜い?」
「そんなこと」
「絶対好きになってる男子は居るわね。告白とかされちゃったり?付き纏われたりしちゃったり?」
「……」
「何その反応!まさか本当に?」
「ブラッシータウンであそこのスクール生はナナシだけだ。なのに電車にもう一人男子生徒が居たから怪しんだだけだぞ」
「ふーん、成る程。よくやったわ、ホップ」
「当然だぞ」
「……」
「なんなんだ、ソニア……」
「んふふ。ホップ博士、ウチの研究所はいつでも出入り自由だからね」
「?知ってるぞ」
「んふふふふ。だから、ちょーっとエンジンシティに行くのも構わないからね」
「……」
「虫除けスプレーも渡そうか?……いたっ!」
「スプレーは要らないぞ」
「……あーっ!エンジンシティ限定クリームサンドクッキー!ありがとうホップ!学会おつかれさま!!おばあさまー!!」
「……はあ」




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