将来の彼女とのデートの下見を続けていた二人の話

──将来の彼女とのデートの下見!オマエと行きたいわけじゃねーし!

 時々、発作が出る。昔の自分の発言に照れ隠しだからってそんな事を言うもんじゃないと殴りたくなるし、でもそのお陰で今もこうしてナナシと二人きりで出かけられている事実にジュラルドンのぬいぐるみを沢山進呈したくなったりする。今がそれだ。
 楽しそうに大きな水槽を眺めるナナシの横顔を見ながら、まだ一緒に『デートの下見』について来てくれることにホッとする。誘う度に聞かれる『まだ彼女は出来ないの?』には正直来るものがあるが、それさえ耐えればこの時間を得る事ができる。

 そもそも、だ。幼少期のオレからの一方的な言葉で始まったこの関係だが、二十歳も過ぎた大人になった今も律儀に続いてる方がおかしいのだ。
 そう、これはつまり。

──ナナシもオレの事が好きなんだ

 そうとしか考えられない。頻繁に出掛けさえするが、ナナシは恋愛関係の話題を直接振ってこないのだ。『デートの下見』と銘打ったこの関係なら、オレの恋愛事情が気になってもおかしくない筈。それを聞いてこない。
 イコール、ナナシはオレの事が好きだからオレの恋愛話なんか聞きたくない。はい、証明終了だな。

「見てキバナくん!このジュゴンってポケモン、ずっとバブルリングを出してはくぐってしてるの!」
「バブルリングって……ただのみずのはどうだろ、いてっ!」
「もう!デートでそういう事言っちゃダメだよ!」

 オレの腕をバチッと叩き、本当雰囲気壊すような事言ってくるよねと怒るナナシ。全然痛くねえし、唇突き出して怒ってんのが可愛い。
 こんなやり取り、もうどっからどう見てもデートだろ。ずっとお互いとしか異性と二人きりで出掛けてないんだし、これはもうオレたちは付き合ってると言ってもいい筈だ。
 いきなり結婚しようって言ってもナナシなら頷いてくれる。そうに決まってる。

「そういえばさ、キバナくんは何回この水族館の下見に来るの?今回は新しい展示も増えてるから楽しいけど」
「は?別に良いだろ、何回来てもよ」
「そうだけど……」
「大体オレさまもオマエも本当のデートの経験ねえしな。何回もこうやってシミュレーションしといた方が本番でより良い対策が出来る!」
「ふーん」

 聞いて来た癖に興味無さそうな返事をするナナシ。オレはオマエとデートしたいんだよ。気付けよ。いや、まだ気付かなくていい。
 次の『デートの下見』はオレのお気に入りの店予約して、そっからは『本当のデート』に切り替えてやるからな。覚悟しておけよ。
 そう一人で顔には出さずに考えているとナナシが出口の方向へ歩き出す。まだ全部回ってないのに。

「おい、どこ行くんだよ」
「キバナくん」
「なんだ?」

 キッとナナシにしては珍しい鋭い視線を向けられる。全然怖くねえし、より一層上目遣いに見えて可愛い。
 ただ、こんな視線を向けられる心当たりがまるで無い。

「次、教えてあげる」
「は?何をだよ」
「……デート。それまでに『本当のデート』ってやつ、経験して来てあげる」
「は!?オマエ何言ってんだよ!おい!ナナシ!」

 待てよというオレの声が静かな水族館にむなしく響く。
 『本当のデート』を経験してくるってなんだよ。オマエはオレの事が好きなんだろ。だからってオレのために他の奴とそんな事しなくて良い。するな。オマエはオレとデートすれば良いんだよ。誰とする気だ。当てが居るのかよ。誰だよソイツ。
 あまりの衝撃に地に足がくっ付き、ナナシを追いかける事も出来ない。クソ。

 とにかく電話を、とロトムを呼ぼうとしたときに周りから小さくキバナさまと囁かれている事に気付く。しまった、バレたか。しかもこんなダセェ所を。最悪すぎる。
 とりあえず場所を移動するかと今更になって動き出した足で出口へ向かう。ワンチャン、ナナシが待ってくれていたり……する訳ないか。

 オレの心とは裏腹に晴れ渡った空の下、スマホでナナシの番号を表示する。いつもの様にあとワンタップすれば繋がるのに、今ナナシと話したらぐちゃぐちゃになってしまいそうで決心がつかない。
 溜息を吐きながら俯いていると、視界の中の地面に人影。

「あ、やっぱり。キバナくんだ!」

 コイツは確か……、スクールの頃からナナシと一番仲のいいヤツ、だったか。同じクラスだったと思うけど印象が変わり過ぎててよく分からない。

「ナナシの、」
「そうそう!ナナシの親友させて貰ってます。……キバナくん、ナナシに逃げられたの?」
「いや、違う……ことも無いことも無いことも無い、というか」
「へぇ〜。そこのカフェ入りましょ。話聞いてあげる」
「……サンキュー」


****


「……って言うだけ言って帰っちまったんだよ」
「ふーーん」

 オレの奢りだと伝えた途端に注文した大きなパフェを食べるナナシの友達。こういう図々しい所は似ているというかなんというか。
 ただ、オレもアイツも甘いものはそんなに好きじゃ無いから、対面に座るこっちにまで漂ってくるクリームの甘い香りに少し気分が悪くなる。

「ねえ、キバナくんはさ。ナナシの事、どう思ってるの?好きなんだよね?」
「は!?そんな訳っ!」
「ふーーーん、そうなんだ。じゃあ私から言うことは無いかな。そうだ、この機会にナナシを変な事に付き合わせるのやめてくれる?いいでしょ?トップジムリーダーさま」
「いや、それは……」

 何か問題あるのかと聞きながらパフェグラスの底のフレークを食べる彼女。あんなにデカかったのが一瞬で無くなった。コイツはダンデか?

「それに、ナナシにも丁度いいしね」
「何がだよ」
「ナナシ、好きな人居るから」
「は?」
「昔からずーっとね。じゃあご馳走様でした」

 それを詳しく教えてくれと聞こうとすると、アナタには関係無い話だったわねと鼻で笑われながら席を立ち去っていく。癪に触る。ナナシは友達になる人間を選んだ方がいい。
 とにかく、こうしちゃ居られねえ。ナナシのところに行かなければ。行って、行ってどうするんだよ。でも行くしかねえだろ、キバナ!

「フライゴン!」
「ふりゃ!」

 オレの意思が伝わったのか、早く乗れと屈んでくれるフライゴン。コイツもナナシとはナックラーの頃からの付き合いだからな。気にしているのだろう。

「フライゴン、ナナシの家に向かってくれ!」
「ふりゃりゃ〜!」


****


──ピンポーン

 チャイムを鳴らすが何も応答は無い。誰も居ないのか。いやでも、と表示しているスマホの画面を見る。
 なんとなくで交換しあった位置情報共有アプリはしっかりとナナシが此処に居ることを示している。まあつまりは向こうからもオレが来ているとバレバレな訳だが。

 トークアプリを開き、何度目かの開けてくれの文字を送信する。さっき送信したものには既読すら付いていない。
 そんなに怒っているのか。オレはずっと、ずっとナナシだけを見ているのに。好きなヤツが居ることには気づけなかったけど。
 やっぱり昔の自分を殴りに行くしか無い。それのせいでこんな事になってしまった。あれさえ無ければ、オレはナナシと。

「え、き、キバナくん……?」
「っ!ナナシ!?」

 後ろから聞こえる待ち望んでいた声に勢いよく振り返る。そこにはエコバッグ片手に驚いた様に、気不味そうに視線を向けてくるナナシが居て。
 ナナシ、ナナシだ。スマホを置いて買い物に行っていたのか。心配からか、避けられていたのでは無い安心からか、思わずその場に崩れ落ちる。よかった、本当に。

「ちょっと!キバナくん大丈夫!?」
「ああ、……ちょっと気が抜けた」
「そ、そう……?」

 しゃがみ込んだオレの背をさすろうとしたのか、此方に伸びて来た腕を掴む。

「ナナシ」
「え、な、何?こわいよ」
「ナナシ、好きなヤツが居るって本当かよ?」
「エ!?な、なんで知って」
「クソッ!誰だよソイツ!」
「痛い!」

 握り込んだ手を離してと促されるが、考えれば考えるほど手に力が篭り離す事はできない。今ナナシに触れているのはオレなのに、オマエはオレ以外の男の事が好きなのかよ。

「キバナくん、離してっ」
「今すぐ連れて来いよ!」
「な、なんでよ!キバナくんには関係ないでしょ!」

 カッチーンと来た。何が関係ないだよ。オマエまでそれを言うのかよ。
 握っていた腕を引き、体勢を崩したナナシを抱き止める。そのまま背中に腕を回し、思い切り腕の中に抱き込む。
 コイツを抱き締めていいのは、コイツの体温を感じていいのはオレだけだ。

「ちょ、本当何なの!?キバナくん!?」
「オマエが好きなんだ!」
「えっ」
「初めからずっと!『デートの下見』なんてガキのオレが考えたオマエと二人きりで出掛ける為の口実だよ!」
「……ぇ」
「オレはずっとオマエと『本当のデート』がしたいと思ってたしそうするつもりだった!なのにオレ以外の男を好きになりやがって!」
「ぁ、あの……」
「オレの方が誰よりもオマエのこと好きなのに!!」
「…………」

 ぐちゃぐちゃの頭の中に思い浮かんだ言葉を言い切り、肩で息をする。腕の中のナナシは黙ってしまった。
 本当にダセェよ、オレ。いくらバトルが強くなっても、いくらファンが増えたとしても、別の男を好きな女に縋り付くなんてみっともなさすぎる。
 もうコイツとは友達にも戻れないのか。こうなったら、最高に最低なカッコ悪い男としてこのまま連れ去ってしまおうか。

「き、キバナくん」

 ナナシの震える声に腕の力を緩める。
 ああ、きっとナナシは怖がった真っ青な顔でオレを見てくるんだろうな。いや、怒りで真っ赤なのかもしれない。
 そうやって感情を向けられるのが今日で最後だと思うと、……なかなか辛いな。本当にバカだよ、オレ。

「キバナくん」
「何」
「あ、あのね……」

 ナナシがオレのパーカーの紐を弄る。オレにはパーカーが似合うとナナシが言ってくれたから、オレは今日もパーカーを着て来た。勿論普段のとは違うやつ。
 服の趣味までコイツに合わせていたのに、これからどんな気持ちでコーディネートすれば良いんだ。全部ナナシの為だったのに。
 そう一人虚しく考えていると、紐をぎゅっと握り顔を上げるナナシ。その顔はカジッチュの様に真っ赤で、でも怒っている様子では無い。むしろ喜んで……?

「キバナくん、私のこと、好き、なの?」
「……ああ、好きだよ」
「ずっと?」
「ずっと」
「初めから?」
「オマエと初めて会った時から」
「そ、そっか」

 再び俯くナナシ。改めて確認されるのすら辛い。どんなに伝えたところでオマエはオレの物にはならない。

「オマエはどうなんだよ」
「ぇ」
「オマエはいつから好きなんだ、その男の事」
「ぁ、そっち……」
「は?」
「えっと!私もね、ずっと好きなんだ。初めて会った時から」
「……へえ」

 もじもじと耳を赤くしてオレのパーカーの紐をリボンの様に結んだり解いたりを繰り返す。こんなに可愛いことをしてくるのにオマエはオレを好きじゃ無いんだ。

「でもね、なんだか私にだけは意地悪で」
「そんなヤツ辞めとけよ」
「うん、私も悩んだんだ。でも二人きりでお出かけするのは楽しくって、嬉しくって」

 オレ以外にもそんな相手が居たんだな。すっかり自惚れていたオレは、そんな気配すら感じ取れなかった。
 何がずっと見ていただ。ナナシの事、何も見れてねえじゃねえか。自惚れんなよ。バカキバナが。

「でもそのお出かけは、その人の将来の彼女さんとの為で」
「そんなヤツ、……は?」
「毎回すごく楽しみで、でも毎回これで最後なのかなって悲しくなって。その後に誘われるとまた嬉しくなって」
「ナナシ、それって」
「キバナくん」

 紐を弄っていた手をオレの胸に当て、潤んだ目で見上げてくる。その目には期待と不安が渦巻いていて。

「やっぱり、キバナくんが私に『本当のデート』、教えてくれませんか」
「っ、ナナシ……。ああ!オレからも頼むよ。オレと『デートの下見』じゃない『本当のデート』、してくれますか」
「……うん!する!ずっと、したかった……!うぅ」
「わ、泣くなって」

 パーカーの袖口でポロポロ零れ落ちる涙を拭う。ああ、こうしてナナシの涙を拭っていいのはオレだけなんだ。

「……ふふ、こいうい時はハンカチで拭うんだよ?」
「あー、忘れた」

 本当は尻ポケットに入ってるけど、取り出すにはナナシを離さないといけない。そんなの嫌だ。

「ハンカチで拭ってね、それを次に会う口実にするの。洗濯してお返しするねって」
「へえ。でもオレたちには口実は要らねえだろ?全部デートでいい」
「ふふ、そうだね!」

 漸く泣き止んだナナシが可愛らしくクスクス笑う。パーカーの袖は、ナナシの涙で一部の色が濃くなっている。ああ、そうだ。

「そうか、ナナシちゃんはオレさまのパーカーが欲しかったんだよな?」
「え!?ち、違うもん!」
「本当かァ?」
「本当だよ!……でも、お洗濯はさせて貰うね。鼻水付けちゃった」
「汚ねえ!」
「酷い!」

 いつも通り軽口を交わしながらパーカーを脱ぎ、濡れた部分が中に来る様に丸める。大丈夫だと言ってもやらないと気が済まないと言うのだろうから強情なヤツだ。

「はい、じゃあよろしくな」
「うん!なんなら今すぐ洗濯してこようか?」
「……いや、急がなくていいよ」
「そう?」

 不思議そうに聞いてくるナナシの頭に手を乗せる。

「ふふ、次のデートの時返してくれればいい。なんなら着て来いよ」
「え!そ、それは……善処します」
「はは!なんだそれ!……あーでも、本当に口実になるな」
「え?」

「次の土曜日、また冷えるらしいからパーカー必要になるかも」
「!そ、そうだね、それは大変だ」
「ふふ、だからその日『デート』だからな」
「うん……っ!」




2021/09/07




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