掌編

▼2021/07/31:はりやこ2

夜光引退後の冬の日のデート(付き合ってる)

 冷たい木枯らしが仕事帰りの身体に堪えて、マフラーを持ってきた方が良かったかもしれない。秋といえど、十一月も下旬にかかると特に夜は冬と同然に冷え込む。年々その冷えに耐えられないと思ってしまうのは年齢のせいだろうか。否、最近身体を動かしていないせいかもしれない。学生時代はほとんど毎日トレーニングをしていたのだが、社会人になってからは時間に追われるばかりでそんな暇もなかった。
 腕時計に目をやると、約束の時間まで後少しであった。 
 零時の少しだけ前。待ち合わせるには些か遅い時間であるが、相手の仕事の時間に合わせるにはこうしなければならないのだ。しかし今日は金曜日であるため、外を出歩く人は多い。腕を組んで歩くカップルが目の前を通り過ぎるのを見送ると、道の向こうに黄緑の頭が現れた。

「夜光!」

 さながら飼い主を見つけた犬の如く、遠目で分かるほどに表情を輝かせた玻璃が夜光の元に駆けてくる。

「すみません、待たせてしまいました」
「いや、時間ぴったりだよ」

 頬を上気させた玻璃は髪を乱れさせており、また羽織っただけのコートから覗くシャツもボタンが1番上まで留まりきっていないことから急いでやって来たということが容易に見てとれた。

「無理を言って少し早く抜けさせてもらいました」
「そんなことしなくても待ってたのに。悪いことしたな」
「いえ、クーもカスミも、夜光によろしくと言っていましたよ」
「……そう。みんな変わらない?」

 玻璃は口を開くと、最近スターレスで起きたことをつらつらと語る。チームとチーム対決、羽瀬山オーナーの突然の命令、自分のチームのこと、自分のこと。
 辞めてからすぐは何度か店を訪れたが、時間の流れと共に避けるようになっていた。時間を作る余裕がないことが一番の要因だが、あの店に流れる特別な空気を知ってしまった身では単純にショーを楽しむことができなくなっていったのだ。かつて自分の成したあれそれが、まるで昨日の出来事のように脳裏に浮かんではスポットライトに照らされるキャストを見て虚な気持ちになった。仕事に不満はないし、こちらに進んだことに後悔もしていないがあの日あの場所で浴びた大きな光を心の奥底で求める自分がいる。

「今度俺の出る公演に来てくださいよ」

 玻璃にそれを伝えることはない。
 玻璃は、玻璃として今もステージに立っている。

「ああ、楽しみにしてるよ」

 夜光は笑って、隣に並んだ玻璃の手を取る。走って来てくれたおかげでぽかぽかと温かい手は悴んだ夜光の手に心地よい熱を与えた。

「……いいんですか、街中で手を」
「……いいんだよ」

 いつかこの手を離すときが、離せる時が来るのだろうか。
 なるべく早くしなければ、夜光にとっても玻璃にとっても正しくない未来になってしまう。
 次の春が来る前には、玻璃が、あの店での目的を果たす前には、別れを告げよう。
 しかし今は、繋がりを解く気になれなかった。
 冬の寒さに免じて、夜光はそれを認めることにした。

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