掌編

▼2021/07/31:藍ヒス1

麦茶ックス(?)

 耳の中に水の入ったような感覚がしていた。聞こえてくる音全てが分厚い膜を張ったようにぼやけている。機械の稼働する音、外を走る車の音。喧嘩する怒鳴り声。蝉の鳴き声。
 番を呼ぶ、蝉の声。
 一切の反応を停止し、ぼんやりと宙に目を泳がせたヒースに気付いた藍は動きを止めた。髪から滴り落ちる水滴がヒースの頬を濡らす。唇に振ってきた一雫に下を這わすと、塩の味がした。
 茹だる夏に負けて冷房をつけた室内であっても、肌を重ねれば関係なかった。
 藍の蒸気したまろい頬に手を添えてヒースは呟く。馬鹿みたいだ、と。子孫の繁栄を懇願した叫びの雨の中、自分らの意味のない、未来のない行為を思った。若く強い彼の子種を、何も産み出さない胎に捨て置く行為を、彼らはどう思うだろうか。
 添えた手に、藍の手が重なる。
 これ以上ない愛だろう、と彼は笑った。


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