掌編

▼2021/07/31:藍ヒス2

季節は巡る
 桜の木の下には死体が埋まっているらしい。そう言って藍は笑った。ありきたりすぎだよ、とヒースは笑わなかった。
 花見のシーズンは昨年よりもやや駆け足で過ぎ去って、薄紅色の花弁たちは昨日降った雨に落とされてしまっていた。地面に落ち、土に汚れ、人の足に踏み尽くされた桜の絨毯はお世辞にも美しいとは言えない。
 濡れた地面を滑らないように慎重に歩くヒースの先を、藍は変わらぬ足取りで進んでいく。雨に濡れた植物の匂いに混ざって癖のある彼の香水に彩られた空気がヒースの鼻を掠めた。不快ではないが、好きになれない匂い。
 たった一晩の雨で散ってしまう桜と、限られた時間しか共にいることができない自分たちはよく似ていると思う。当たり前のこと、今更なことであった。それなのにらしくなく感傷的になっているのは、昨日彼から譲り受けたピアスのせいかもしれない。季節が終わるから、と気付かぬ内に嵌められていた春の新作コレクションらしいそれは今もヒースの耳にくっついている。おそらくヒースの想像を遥かに超える金額がするのであろうそれを、おもちゃみたいにパッと手放すその潔さに、別れの季節を思ったのだった。馬鹿馬鹿しい限りである、とヒースは自嘲した。

「なぁ」

 色を失った桜の巨木の前で藍は笑う。

「来年はもうちょい早く来ような」

 よく見た無邪気な笑みだった。
 そうだね、とヒースは笑わなかった。


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