君は時々魔法を使う
「洗濯機は乾燥機能付きのものしか受け付けないので。これは譲りませんからね」
「そうかよ」
深刻な顔をして、カタログのページを見せてきた早希を黒曜は適当にあしらう。黒曜が話を真面目に聞く気がないと気付いているのかいないのか、早希はつらつらと乾燥機能の利点を述べ始めた。やれ雨の日に便利だの、やれ時短になるだの、誰もが知っているであろう項目並べる横顔は真剣そのものだ。以前、黒曜の部屋に泊まりに来た時に乾燥機能が付いていない事が余程嫌だったらしい。男の一人暮らしに、そんなレベルの高いものを求めないで欲しい。乾けばいいのだ、乾けば。態々高いものを選んで使わずにいるよりはマシであろうに。女はこういう所が細かいよなぁ、と思う。決して口には出さないが。
「聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
嘘でしょう、と早希は黒曜の頬を軽く引っ張った。痛みなど欠片のないそれは、まるで小動物がじゃれついている様にも思えて悪い顔をした黒曜はお返しだと言わんばかりに早希の両頬を片手で押し潰した。口を突き出した間抜け面を惜しげもなく晒す早希は逃れようと腕を伸ばすも抵抗にすらなっていない。
「アホ面」
うう、と情けない声を上げる早希に黒曜は意地悪く笑う。片手で収まってしまう小さな顔が、自分のせいで歪んでいるのが、そして全く力で叶わないのが一等にくすぐったい気分にさせた。
初対面ではかなり酷い態度をとった覚えがある。得体の知れない奴が連れてきた得体の知れない女。ただただ巻き込まれただけであると知っていたが、容易く受け流されてしまうその浮遊感に落ち着かない心地にされたのだ。案外芯が強く、頑固な一面を知ってからは尚更。決して行き過ぎた真似はしない、付かず離れずの距離。客と従業員で片付けるには深過ぎる関係。誰に対しても、対決の場面であっても、あくまでレフェリー、中立に立つその身体を此方に引き摺り落としてしまいたい、と思ったのはいつだったか。もう随分前の様な気がする。
二人の関係に、新たな名前が付いてからも相変わらずふわふわと頼りない早希に楔を打ってしまおうと早い内に手を出したが思っていたよりも順調に事が進んでいる。双方が現在の住居の更新期限が迫っていた、という幸運を見逃さなかった自分に称賛を贈ってやってもいい。一切悩む素振りを見せず、即答で賛成した早希には自分の事を棚に上げてもう少し考えろよ、と思ってしまった。しかし、こうして住居を共にする準備は早希の方が積極的であるのは良かったと思える。晶や大牙には手が早い、と揶揄われたが気にしない。
うりうりと頭をかき回していた手を止め、軽く整えてやる。
「洗濯機は分かったが、他はなんかあんのか」
此奴を隣に置く為なら、余程の無理ではない限り叶えてやるつもりなのだ、初めから。
早希は黒曜の問いに首を傾げて口を開く。
「いえ、別に。他は気にしないです。コスパ良くいきましょう」
「良いのかよ」
勿論、と早希は微笑む。
「黒曜さんがいるなら、なんだって良いです」
黒曜は先程離したばかりの早希の頭を再び鷲掴み、ぐちゃぐちゃにかき回す。されるがままになってしまう早希は悲鳴を上げるが、笑い声も混じっていた。
「照れてますか? 黒曜さん照れてますね?」
「うっせ黙れ」
「あ、折角なのでパジャマお揃いにしましょうよ」
「誰がやるかよ」
ええ、ともたれかかってきた早希を受け止め、頭頂部に鼻を埋める。くすくすと笑い声が響いて聞こえてきた。
「わたし、二人暮らしは初めてなんですけど、きっと大丈夫だと思うんですよ」
「そうかよ」
「はい。だから私ばかりはしゃいでたかもって思ってたんですけど黒曜さんも楽しみみたいで良かったです」
厄介な事に、この女はぽさっとしている様で周りを見る目は持っているのだ。
首に腕が回されて、柔らかな身体がくっついてきた。温かな背を抱き留める。優しく後頭部の髪を撫でる手を甘受して、黒曜は早希の肩口に額を寄せた。
「パジャマは駄目でもスリッパとかは」
「……好きにしろ」