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日が落ちて暗くなったのを確認して、俺はまた歩き出した。ヨコハマを出るために。

遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。さっきからやけにうるさい。けど俺には関係ない。

ヨコハマの喧騒なんて日常だ。その喧騒に紛れて俺は静かに去る。

計画通りに逃げることができて良かった。あとはもう左馬刻がいないところに行くだけだ。

ホッ、とした気持ちで歩道を歩いていると爆音を響かせるバイクの音が複数後ろから聞こえてきた。

歩く俺の速度なんて簡単に追い越していく。
と、思ったのにそのバイクは急に止まって折り返してきた。

「おい!見つけたぞ!!」

「…っ?!」

バイクのライトが俺に当たって眩しい。目を凝らして見たのはバイクに乗る柄の悪い連中だった。

やばい、バレたのか?!
絶対捕まるわけにはいかない。

重たい足に鞭打って俺は走り始めた。後ろからエンジンを吹かす音が聞こえる。

「…くそっ!」

何で逃がしてくれないんだ!
バイクが入りにくいような路地を選んで走った。

繁華街に出てしまえば人が多くて分からないはずだ。こけそうになりながら全力で走る。

でもすぐ後ろにバイクの音が迫っていた。

嫌だ、嫌だ、もう戻りたくない…っ!!
1歩、もう1歩、と走っていたのにバイクに追い越されて前に回られた。

「…っ!!」

「捕まえた…。戻るぞ!!」

バイクから降りてきた男たちに腕を掴まれて俺は全力で抵抗した。

「離せ!!」

「左馬刻さんに殺されてぇのかてめぇ!」

「くそっ!離せよ!!」

暴れて抵抗しても男二人がかりに押さえつけられると俺の力じゃ歯が立たなかった。左馬刻からよくお前は弱いと言われていたのを思い出してしまい絶望に陥った時だった。


「その手を離しなさい。」

顔を向けるとパトカーを背に立つ入間さんがいた。

「入間さん…!!」

多分俺の声は懇願するような助けを求めるようなそんな声だっただろう。

「逮捕されたいですか?あなたたち。」

入間さんが尋ねるとそいつらを舌打ちしてバイクになり、去っていった。

「入間さん…!入間さん…、ありがとうございます…っ」

助けられた。今までの俺には左馬刻からの仕事をしていたりしたから警察とは相容れない仲だったけど今は違う。

警察は…正義だ…。絶望的だった俺は思わぬ助けに涙ぐみそうになった。

「助かりました……っ!」

「いえ…、知っている人間が絡まれているところを見て見ぬふりが出来るほど腐ってはいないのでね…。送りましょうか。」

送るという言葉にはっとした。入間さんは俺が左馬刻から逃げてきたことを知らない。このままじゃ戻されてしまう。

「いや…、あの、俺今向かっているところがあって…、あの駅まで送ってもらうことって…できますか…」

「駅へ?なぜまた…」

「…ちょっと遠出する必要があって…」

「…いいでしょう。」

よかった、本当によかった。
入間さんに助けてもらえたのは奇跡だ。パトカーという左馬刻から完全に守られた領域に入り込んで俺は心から安心した。

これで駅まで行ってそれから他のディビジョンまで行って…。

パトカーの後部座席でこれからのことを考えて心を落ち着かせた。もう大丈夫。もう大丈夫だ。

最寄りの駅まで送ってくれたらもう俺は自由だ。

パトカーの窓から見える街の光が流れていく。
ヨコハマとはもうこれで…。



風景が街中からだんだんと灯りが少ない夜道に変わっていく。

「……入間さん…、駅は…」

「………。」

「…入間さん…っこっちって駅じゃなくて…っ、海じゃ…」

俺の言葉に入間さんは口を閉ざしたままだ。

「入間さん!!」

俺をどこに連れていくんだ!?
混乱していると港に着いた。

何もない港はライトがぽつぽつとついているだけだった。俺は…駅に行く予定だったのに…何で海に…?

パトカーから降りた入間さんが後部座席のドアを開けた。

「どうぞ、降りてください。」

「い、意味が分からない…!駅は…?!」

「…迎えが来てますよ。」

は……?入間さんが手を向けた方を見やった。

「……っ!!!……さ、まとき…」

ポケットに手を突っ込んだ左馬刻が離れたところに立っていた。

カタカタと手が震え始める。どういうことだ、なんで左馬刻がここに。何でだ?!

「い、入間さんこれはどういうことですかっ?!?!」

「送りますと言ったでしょう」

「お、俺は駅に!!何であいつが…っ!!」

「逃げたんでしょう。」

入間さんの言葉に俺は目を見開いた。

「…なんで…知って…」

「私もなまえくんを探していたんですよ。左馬刻が探しだせってうるさくてねぇ。パトカーまで使え、なんて無茶ばかり言って…」

「……はっ、なんだよこれ…入間さん…」

「すみませんね、なまえくん。でも…あなたが逃げたせいで、あの見張りの男一人、消えたんですよ…?左馬刻がキレて…」

「……っ!!」

消えた……??
その意味は充分に分かった。知りたくもなかったことに俺は震えがひどくなった。

逃げて、自由になるはずだったのに…、俺は…俺は…

「……あいつが…左馬刻がいないところに…行くはずだったのに……、ここじゃない…ほかの場所で…新しい人生を……、あいつがいないとこで……ちゃんと…真っ当な人生を……!!!!」

どうしようもなくなって入間さんに掴みかかった。

「入間さん!!あんたのせいで……っ!俺を騙すなんて…っ!!」

走りすぎて枯れた喉から出たのは聞き苦しい声だった。ひゅうひゅうと鳴る喉は痛かった。


「真っ当な人生…?」

ゾクリとした。入間さんに掴みかかる俺のすぐ後ろで低く静かな声が聞こえた。

恐る恐る振り向くと左馬刻がすぐ後ろに来ていた。

慌てて逃げようと後ずさったのに、左馬刻の手が伸びてきた。

「ひっ…触るなっ!」

手を跳ね除けようと腕を降るとパシリと掴まれて、力強い勢いで引き寄せられた。

目の前に左馬刻の顔がいっぱいに広がった。

「真っ当な人生…?面白ぇこと言うじゃねえか。」

腹の奥底から出しているような声。煙草の匂いが鼻についた。左馬刻は笑っていた。

「お前、自分が真っ当な人生送れると思ってんのか?」

「は、離せ…!!俺は!他の場所で、お前のいないとこ「あぁ?」」

ギロリとした目が俺を射抜いた。鳥肌が立つほどの威圧感に息が止まった。皆が恐れるその鋭い目に固まってしまう。

「俺がいないところで?真っ当に暮らす?………くくくっ、笑わせる。お前分かってんのか?とっくにもうこっちの人間なんだよ。戻れるわけねぇだろうが。」

笑いながら言う左馬刻の腕が俺の腕をギリギリと握る。痛いのに抵抗できないほど左馬刻の威圧に押し潰されそうだった。

「お前は俺が汚してやったんだ。一生拭えない汚れをな。」

汚れ…一生拭えない、汚れ…。
何度も何度も左馬刻に犯された記憶が蘇った。

息切れがする。戻れない?自由な生活に戻れない?左馬刻のいないところで平和に、普通の生活を送ることはできない…?

「言ったよなぁ?逃げたら分からせるって。染めてやるよ、もっと汚くな」


左馬刻の言葉に俺は深くて抜け出せないほどの絶望を感じた。涙はもう出なかった。

平等な公平な世界への俺の夢は左馬刻に踏み潰され、灰になった。
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