朔間零×リーマン男主
今日こそは絶対早く終わらせるって決めてたのに。
今日こそは、今日こそは…絶対…
そんな俺の思いとは裏腹にデスクの上に山積みに置かれた書類が目に入って嫌気がさした。
オフィスのフロアには俺以外人がいなくて、俺のデスクの周りだけぽつんと明かりがついている。
これだけはやっておかないといけないというものが山積みで残業開始からすでに数時間。
「あ"ー…もう…」
ため息をつきながら天井を見上げ、全てを投げ出したくなっていると、デスクに置いていた携帯が短く震えた。
手を伸ばして、表示させる。
送ってきた相手は朔間零と表示されていた。
会話型のメール文を眺めてやるせなくなる。
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朔間零:今どこ?
みょうじなまえ:ごめん、まだ仕事。遅くなると思う。
朔間零:終わったら連絡してこい。
朔間零:まだ?
みょうじなまえ:ごめん、まだ終わりそうにない…。ほんとごめん。
朔間零:店、キャンセルした。
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ああ、俺何やってんだろう。
最後の1文を呼んでデスクに突っ伏した。
恋人である零は世界的に有名で、忙しいのに俺に時間を合わせて会ってくれている。
俺みたいな平凡リーマンの恋人なんて誰も信じられないだろうけど、零はこんな俺と付き合ってくれている。
まあ、それも今日で終わりかもしれないけど。
多忙な日々を過ごしている零に待たせて、無駄な時間を過ごさせて俺は恋人失格だろう。
【本当にごめん。お店も…。今日はもう会えそうにないし、またにしよう…。】
送信ボタンをタップして、またの機会なんてあるのか、と自嘲気味になった。
あれから既読にもならなければ、返信もこなかった。俺は仕事を終わらせて、人もまばらになった電車に乗って帰った。
駅を降りて、近くのコンビニで適当に酒と弁当を買って歩く。
街頭がポツポツと照らす暗闇の道を、重たい足取りで歩いていたが、歩くのさえ嫌になって空を見上げた。
仕事ではミスして上司に怒られ、残業するハメになり、恋人とは約束を破ってしまい、俺は何にもできない人間なんだろうか。
肩が重くて頭も痛い。もう家に帰るのも疲れてしまい、立ち止まった先にある公園のベンチに腰掛けた。
もう零には捨てられたのかな。返信もないし、まあ、俺なんか元々零の恋人の立場になんてなれる人間じゃなかったよな。むしろ今まで続いてたのが奇跡だ。
「あーあ…まじで何してんだろ…」
疲れのせいなのか、涙腺が弱まっているみたいで、俺の視界はぼやけて暗闇がさらに不明確なものになった。
そもそも零が男と付き合うなんてことが有り得なかったんだ。零なら女なんて選り取りみどりだろうし、まあ男ももちろん選び放題だろう。
俺だけが独り占めできてると思っていたプライベートな零だってもう、今日で終わりだ。
「……捨てられた…。」
こんな自分が情けなくて、頭を抱えて前かがみになる。携帯が震えてるなんて気付かずに。
暫く頭を抱えていたが、全てを忘れたくなって家に帰ってやけ酒でもしてやろうと頭をあげると、幻覚でも見ているのか俺の目にはあの朔間零がうつっていた。
「え…」
疲れすぎて幻覚まで見えることってあるんだっけ、と頭の中で考えてみたけど、本当にその場にいるような幻覚で自分でも怖くなった。
「誰が捨てたんじゃ?」
少し怒ったように発せられた言葉は久しぶりに聞いた零の声で、なぜか涙がこみ上げてきそうになった。
「れ、零…?」
「我輩じゃなかったら何になるんじゃ。」
本当の本当に本物の零なんだ。驚きの後に、悲しい気持ちが湧き上がってきて目をそらしてしまう。
「あの…今日、ごめん…。早く終わらせるつもりだったんだけど…。」
「もう、良い。」
やっぱり怒ってる。そんでもってこんな俺なんか愛想が尽きたんだろう。
「っ…。ごめん…。…こんな俺に、今まで付き合ってくれてありがとう。あの、これからも遠くから応援してるから…」
自分で言っていて泣けてきた。零すまい、と我慢していた涙も溢れて頬を伝ってしまう。
零から直接、別れを告げられるのは辛すぎるから自分で切り出した。それでも辛くて心臓が痛くて、息苦しい。
「は?冗談はやめて欲しいんじゃけど。」
さっきよりも鋭くなった視線が突き刺さる。
「…。せめて遠くから「はぁ、もう何も言わんでよい。」」
ベンチに座る俺の前に立っていた零は近づいて、腕を広げ、俺を抱きしめた。
懐かしい零の匂いに、嬉しくて苦しくて辛くてますます涙が溢れた。
「何か勘違いしとるようじゃが…。まさかそれは別れ話とは言わせんぞい?」
「約束守れなかったのは怒ってはおるが、別に本気で怒ってはおらんよ。仕事になまえを取られるのは気に食わんが、それも理解はしているつもりじゃ。そうやって自分の時間を削って頑張ってるなまえも我輩は好きじゃよ。」
耳元でそっと話しかけてくる零の声が心地よくて、涙も止まった。
「別れ話なんてする気もないし、別れる気なんてさらさらない。むしろ我輩から離れようとしたらどうなるかわかっているじゃろう?」
意地悪く、喉を鳴らして笑う零は俺の顔をのぞきこんで涙を親指で拭った。
「なまえ、よく頑張ったのう。さあ、帰ろう我輩たちの家に。」
ちゅ、と軽く零の唇が俺のおでこに触れた。
大きな包容力を感じて、零の腕の中で深呼吸をした。
なんだろう、この温かい気持ちは。
全てを許してくれるような零の腕の中は気持ちよくて、これは俺だけが知っていたいと思った。
「零…。ごめん、好き、大好き。」
「…そんなことは昔から知っておるよ。」
軽く腕を引かれ、ベンチから立った。
手をしっかりと握られ、零の隣を歩く。
やっぱり零から離れられそうにない。俺は朔間零という男に愛されたくてどうしようもないみたいだ。
こうしてこんな情けない俺を見捨てずに手を引いてくれる零に愛を感じて、明日も仕事頑張ろうと心が軽くなった。
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