ホークスにマッサージされる


 お風呂に行く前、着替えをしっかり準備してたのに持ってくるのを忘れていた。って、あるあるだよね。
 蒸し暑い脱衣所で、自分の間抜けさにため息をつく。バスタオルを身体に巻き付けて、そのままリビングを横切ると「わお、大胆」と、冷やかす声が聞こえた。慣れというのは恐ろしいもので、付き合ってから数年、今ではこれ一枚でホークスの前に出れるようになってしまった。
「着替えもってくの忘れちゃって」
 って見ないでよ、と言いながら自分の部屋に向かう。
 半開きのドアを開けてすぐに、丁寧にベッドの上に置かれた着替えが目に入る。これで忘れるんだから困ったものだ。さっさと着替えて恋人のいるリビングに戻ろうとして、バスタオルを床に落とす。
「あ、」
 そうだ、ブラ全部洗濯してたんだった。しばらく出張が続いて、今日まとめて洗った事を忘れていた。これすらも忘れるとは、大分疲れが溜まっているらしい。
 寝る時もする派としては落ち着かないけど、まぁいいか。Tシャツとパンツ、ショートパンツだけを着て心地いい冷気のリビングに戻る。
「あれ、服着てる」
「そりゃ着るよ」
 いつものように軽口を叩きながら彼と並んでソファに座る。乾かしたばかりの髪をサラサラと撫でられると、なんだか甘えたい気分になって「疲れてるのかも」なんて言いながら彼に抱きついた。
 その体勢のままイケメンを見て癒されよう……と顔を上げる。その瞬間、彼と目がかち合って、恐ろしいほど綺麗な笑顔を向けられた。
「マッサージしてあげよっか」
「え!いいの!?」
 今思うと、その時に疑うべきだった。だって、あの笑顔は明らかに何かを企んでいる時のものだった。

「さぁさ、まずは肩から始めましょうか!」
 その言葉に従い、身体をひねってホークスに背を向けるように座り直す。彼の大きな手で肩を強く揉まれて、口から勝手に気の抜けた声が漏れる。
「あらーお客さん。凝ってますねぇ」
 今日はかなりご機嫌のようだ。ノリノリでマッサージ師を演じるホークスに笑みが溢れる。
「へへ、きもちいい」
 ――そのまま数分間、気持ち良さに身を委ねていると瞼が下がってくる。彼の匂いに包まれて、もう寝てしまいたいけれど、多分彼は明日もヒーローとしての仕事がある。そろそろ身体を休めたいだろう。
「……ん、ありがとね」
 そう考えて、身体に力を入れて立ち上がろうとすると、焦ったように肩をつかまれた。
「まって待って!まだ終わってないけど」
「え!そんな、悪いよ」
「いいって」
「……疲れてない?」
 ホークスは平凡な私の何倍も忙しいはずで、今日も事件解決のニュースが何件も放送されていた。きっと、私達の知らない仕事だってある。疲れているだろうに、こんな事をしてもらって良いのかと思ってしまう。もちろん、彼に触れてもらえる事は気持ち良いし、嬉しいけれど。
「ふふ、貴方を甘やかすのが一番癒されるんで」
 軽いリップ音を立てて、首筋に唇を当てるだけのキスを落とされる。こんなキザな事が似合うのは彼くらいだろう。高鳴る鼓動を隠して、じゃあお言葉に甘えて、と彼の頬にキスを返した。

 
「ん……」
 また、変な声が出てしまった。マッサージって、こんなのだっけ?まるで焦らすように優しく、私の脇から胸の辺りを押すホークスは、至って真剣な顔で、自分だけこんな事を考えているのかと恥ずかしくなる。
 その手の動きに合わせて形を変える胸が、Tシャツに擦れて微かな快感を生む。息は荒くなってきたし、主張を始めたそこはバレるのも時間の問題だ。
「ほーくす……そこ、」
 恥ずかしいけれど正直に言ってしまおう、と発した言葉は彼の声に遮られた。その低い声が脳内で響いて、身体がピクリと反応する。
「ね、脚もしてあげよっか」
「…………う、ん」
 もどかしい快感が終わる安堵感に、つい頷いてしまった。これが第二の誤ちだ。──いや、本当はこの先の出来事を期待していたのかもしれない。

 ホークスに言われるがまま、上体を彼に預け、体育座りのように足を立たせる。後ろから抱きしめられた状態で、軽くふくらはぎを撫でられた。先程の快感を引きずったままの身体が反射的に逃げる。
「ひゃ、くすぐったっ」
 咄嗟にホークスから離れようとすると、ふわりと彼の匂いが近付いて、身動きを封じるかのように腕に力を込められた。
「ん〜かわいい」
 お互いの吐息が聞こえる程、近くで囁かれる。ふわふわの毛先に首をくすぐられて、耳元で「あいらしかね」と言葉を発せられる度、お腹の底が疼くのが分かった。
 拳でじっくりと太ももを押されて、それが只の気持ち良さなのか、性的な快感なのか、わけが分からなくなる。
「んッ」
 自分の媚びた声が部屋に響いて、それが合図かのように内に手が伸びてきた。内股を緩やかに撫でられるだけで、直接的な刺激がなくてもどかしい。もっと、もっと、と思ううちに、快感を求めて彼へ身体を擦り寄せていた。
 すると、腰あたりに硬いものが当たる。その正体に心が大きく動いて、上手く回らない呂律で彼の名前を呼んだ。
「ほぉ、く……」
 彼の名前を呼び終わる前に、ぬるりとした舌で口を塞がれる。そこからはずっと、熱に浮かされたみたいだった。

 お互いに何を期待しているかなんて、分かりきっているのに意固地になって、この|お遊び《プレイ》を続けている。それに今までとなく興奮していることも事実だった。
「ここも、マッサージ……しよっか」
 ホークスによってシャツがずりあげられ、胸元が外気に触れる。熱の篭った身体が露わになり、この先に与えられるものへの期待で身震いした。
 その完全に反応した二つの先端を見て、ホークスがくすくすと笑う。胸のラインに沿って両手が進み、段々と内側に近づいて、そこに軽く触れた。待ち望んだ快感に思わず声が漏れる。
「はッ、気持ちよかと?」
「ん、んぅ」
 休む暇もなく身体を襲う刺激に唇を噛み締めて、鼻で荒く呼吸を繰り返す。こんな状況で興奮していると認めたくなくなくて、力の入らない首で彼から顔を背けた。
 それが面白くなかったのか、ずっと焦らされていた先端を摘まれ、ホークスにもたれかかっていた上半身が大きく反る。
「ふ、ッ、」
「なかなか強情ですねぇ……なんか、言うことない?」
「ほ、ーくすはッ、」
 震える声でそっちが始めた事でしょ、と言外に抵抗するも、何も知らないような純粋な顔を作ってはね返される。
「えぇ?俺?うーん、下も凝ってそうですけど、とか」
「な、ど、っ」
 どうしたらそんな台詞が出てくるの!
 そういう映像だとかでしか聞かないような、卑猥な言葉に羞恥で顔に熱が集まる。整った顔を崩さず、でも男の欲の透けた顔で言うんだからホークスはずるい。きっと、私がその顔を好きな事も知ってる。
「ほら、ずぅっと辛いままですよ?」
 ホークスと数年間付き合って、エッチして、知った事。砂糖みたいに甘い時もあれば、意地悪な時もある事。彼の本当の名前。私がまだその名前で呼べないのを見過ごしてくれている事。足でドアを閉める時もあって、意外と、女性経験は多くなかった。そして、彼はおねだりされるのが好きらしい事。もしかすると、敬語は意地悪する時の癖なのかもしれない事も。
「……お、ねがい、」
 そういうホークスの事を考えると、心が締め付けられて心臓が煩く動き出す。彼の望む事はなんでもしてあげたくなって、私の羞恥心だとか、理性だとか、そういうものが薄れていく。
「エッチ、したい……」
 胸に置かれた手を握って、自分の下腹部に持っていく。浅い呼吸で動くそこは、何度も彼が出入りした所。
「……俺も限界やけん、手加減できんよ」
 
 珍しく余裕のない彼に押し倒されて、熱い手でお腹に触れられた。ベッドに行きたい?と聞かれたけれど、早く彼が欲しくて首を振る。
「はやく……さわって」
 わずかに残る羞恥心で目を逸らしてそう小さく告げると、目線の先で彼の喉仏が大きく動いた。それは彼が興奮した時の癖で、惚けた頭の片隅で「手加減できん」のは本当かも、と小さな期待を抱く。
「ほんと、貴方って人は……」
 少し乱暴な手つきで足を開かれて、そこへ大きな身体が割って入ってくる。膝にあった右手が私の頬に添えられ、どちらからともなく唇を重ねた。下唇をそっと噛まれて、形容しがたい感覚に口角が上がってしまう。
「なに?」
「ふっ、くすぐったくて……」
 くすくすと笑いながら返事をすると、唇が離され、代わりに額に重みがかかる。驚いて目を開くと、まつ毛が触れそうなほど近くに、琥珀色の瞳があった。
「さっきから言おうとしてたんですけど」
 そう言って、もう片方の手で太ももの内側を器用になぞられる。思わず甲高い声を出すと、今度はホークスが笑みを浮かべた。
「くすぐったいとこって、性感帯らしいですよ」
「へ、……っ」
 まるでそれを証明するかのように、全身を撫で、唇に触れるか触れないかの距離でくすぐるように言葉を紡がれた。
「ここも、ここも……全身気持ちよくなりましょうね」
「んぅ……?は、ッ……ぁ」
 そう意識した瞬間、つい先程まで受け取っていた感覚がとてつもない快感に思えて、腰がひとりでに動き出す。制御出来ないまま高まっていく熱から逃れようと、固く目を閉じて何度も息を吐く。じわじわと吐息に甘い響きが含まれだした時、耳元で「心配だなぁ」と心のこもっていない言葉が聞こえた。
「マインドコントロールとか、弱そうで。……あ、こういうのどうです?」
 反射的に、喉の奥から悲鳴が出た。これまで聞いてきた優しい声とは違う、一瞬、熱いはずの身体に寒気が走るくらいに低い声だった。
「俺とのセックスじゃないと満足できない」
「貴方は、俺とのセックスじゃなきゃ満足できない」
 
 そう言って、私を見下ろすホークスは、見たことのない――沈んだ目をしているのに、やけにギラギラと欲を感じさせる顔をしていた。その顔に見とれたのも束の間、唇をこじ開けて、生暖かいものが入ってくる。
 ゆっくりと舌先を擦り合わせて、上顎を、歯列をなぞられて、背筋に甘いしびれが走る。繋がれた唇から、水音と二人の乱れた息が溢れた。
「ふ……っ……俺に触られると、きもちいい」
 幼い子に言い聞かせるような、けれど、それにしてはあまりに性的な匂いを含ませた声色に、本当に支配されていくような感覚に陥る。
「ここが、きもちいい」
 暗示か洗脳か、何が起こっているのか分からない。けれど、薄いショートパンツの上から、指でねっとりと狭間をなぞられて、ただ、ホークスに触られるときもちいい事実だけが頭を駆け巡る。
「ァ、……っ、ぁ、ぅ〜……!」
 嬌声も抑える余裕もなく、快感を受け入れるのに必死になっていると、もう片方の手で腰を優しく叩かれた。その合図はとっくに身体が覚えてしまっていて、こんな中でも自然と腰が浮く。
「ただ、俺に触られるだけで、きもちよくなる」
 空間のできたおしりの下へ手が来て、下着ごと服を脱がされていく。脱がせやすいように高く腰を上げると、ぴちゃ、と水音が耳に入って、出処へ目線を下げる。
 そこから、この先の行為を強請るように糸が引いているのが見えた。
「ぁ、……」
「……もうなってるか」
 静かに投げかけられた言葉に、興奮と、恥ずかしさで頭が沸騰しそうで、彼の言葉が、ぐるぐると脳内で反復していた。
 ほーくすに、さわられると、きもちよくなる。
「な、ってるから。も、いれてっ……!」
 普段なら滅多に言わないような言葉を吐いて、本能のままに脚を開く。蠢いて彼を求めるそこに、ゆっくりと望んだものがあてがわれ、腰を掴まれた。やっと、くる、
「ン、〜〜ッ!?」
 ――と、力を抜いた瞬間、抵抗なく滑るそれが上にズラされて一番敏感な部分に擦り付けられる。彼の出っ張りが上下に動き、突起を押しつぶすように何度も何度も刺激を与えられて、身体が震える。
「前も、言いませんでした、っけッ?そういうこと言われると、意地悪したくなるって……!」
 突然の激しい快楽に、意識がふわふわと遠のいていく。理性なんてものは殆ど残ってなくて、乱れた声を上げて、自らゆらゆらと腰を動かす。
「はッ……かわい……っ」
 だんだんとお互いの息遣いが大きく、激しくなる。下腹部がじんじんと熱くなって、苦しいくらいの快感に包まれかけた時、ホークスが小さな呻き声を上げて、動きが止まった。それと同時に、お腹辺りにどろっとした液体が吐き出される。
「ぅ゛……、ッ」
 状況を理解する間もなく、大きな身体がすぐ横に倒れ込んできて、視界が彼の肌色でいっぱいになった。彼の匂いに包まれて、浅いところでずっと続く絶頂感が恐ろしくなり、私を覆い隠すように広げられた羽の下から背中に手を伸ばす。
「ァ……俺だけ、ごめんなさい……まだイッてないですよね?」
 そう言いながら、少し伸びた前髪をくしゃりとかきあげて、おでこにキスを落とされる。また質量を増しているそれがお腹に当たって、身を固くすると、溶けそうな瞳で見つめられた。
「許してくださいね。絶対、気持ちよくするんで」

 許すもなにも、ホークスにされて本当に嫌なことなんてないのに。
 時々ホークスは試し行動、みたいなことをする。隠せないところに跡をつけたり、突然噛み付いたり。それが独占欲とは違うなにかだと気がついたのは、付き合ってすぐだったと思う。急に連絡が途絶えて、テレビをつけても、何度電話しても、何日待っても彼の消息が掴めなかった。
 嫌な想像をしながら家に向かうと、ソファに腰かけて、私からの着信履歴を見ながら「心配しました?」と笑うから、怒りなんて飛び去って、彼の底にあるものが恐ろしくなってしまった。
 彼の過去について私が知っていることは、彼女としてはあまりに少ない。けれど、少しでも奥深くにあるものを和らげてあげられたら良いな、と思う。
「すき、すき」
 大丈夫だよ、って伝えたくて唇を押し付ける。ホークスからすれば、最中の意味の無い言葉に聞こえてて、私の考えてることなんて分からないだろうけど。
「おれも、あいしとーよ」
 そう言って、入口から溢れる液体を取り、指先で突起を上下に擦られる。敏感になった身体には大きすぎる快感で、顔が歪んでしまって手で顔を覆う。
「一回こっちでイきましょ、ねっ?」
「〜〜っ、ん、ん」
 こくこくと頷くと、水音と共に熱い何かが沿わされた。嫌というほど経験したこの感覚は、見なくても情景が瞼の裏に浮かぶ。たぶん、いま、雛鳥が啄むみたいに、尖らせた舌先でつつかれている。
「いたぅなひ?」
「ぅ……ん、……」
「ほーか」
 そう言って、大きくなったそこにちゅぅ、と吸い付かれた。いつもと違う性急な愛撫に思わず身体が跳ねる。途切れ途切れにやだ、と伝えると、そこで唇が弧を描いたのを感じた。
「ふ、かわいい……」
 ねっとりと舌全体で舐められて、言葉にならない声が口から溢れる。全身が浮遊感に包まれて、意識がそこに集中する。この緩やかな快感を感じていたいのに、焦らされたそこは貪欲に刺激を求めていて、言葉とは裏腹に腰を反らせて舌に近づける。
「…ぁ…って、……いまっ、やッぁ……」
 きもちいい、きもちいい――ッ。
 大きく身体が震えると同時に、痺れるような甘い感覚が広がって、中がきゅうきゅうと収縮する。
「ぁ゛〜、ごめん。もっとしてあげたいんですけど……」
「っ、へ……」
 その言葉を理解する前に、脱力した脚を持ち上げられて、彼のもので身体を支配される。先程よりもより強い快感で上書きされて、呻き声にも似た嬌声が喉の奥から漏れた。
「ッ、ふ……ばりあいらしかね……」
 そういって笑うホークスは、テレビで見る綺麗な顔なんてしていなくて、雄の顔をしていた。
 わたし、どうなるんだろう。
 淫らな期待感で背筋が震える。浅いところから徐々に奥へ押し広げて、腰を大きく動かされる。好きなところを突かれる度に、広い部屋に自分の嬌声と、水音が響く。
「いつもより、ン、すごかね……!」
「ん、んッ、ぁ、っ……!!」
 私の反応が気に入ったのか、まるで追い詰めるように一定のスピードで奥を突かれる。これ、気持ち良くする、っていうか、イかせる為の動きだ、と反射で脳が理解する。
 再び心地良い絶頂感に包まれかけた時、突然動きが止まって、口を塞がれる。
「ふッ、……、俺の名前、呼んで。ね、俺の名前を呼ばない、と、イけない」
 いけないの、やだ。
 ぶわっ、と頭の中にその考えだけが広がる。必死で彼にしがみついて、「ホークス」と彼の名を呼んだ。他に自分が何を言ったのか思い出せないけれど、彼がまた顔を歪めたのは覚えている。
 私の中で質量を増したそれがもっと欲しくて、夢中で腰を動かしていると「違うでしょ」と、再び口に手が伸びてくる。ただでさえ苦しい呼吸が上手くできなくなって、鼻で呼吸を繰り返す。
「啓悟って……、呼んでくれん。けーご、わかる?」
 気持ち良くなりたい。あの快感が欲しい。それだけが熱を持った頭の中で回る。ずっと甘い快感を与えられているのに、本当に欲しいものは焦らされ続けて、気が狂いそうだった。脱力した首に力を入れて、縦に振ると汗ばんだ手が離される。
「……はぁ、……け、ぇごぉ」
「ん、……いいね」
 形の良い唇に赤い舌が這った。先程の動きをなぞるように身体を押し付けて、奥を揺さぶられる。これ以上は無理というほど奥へ進もうとするそれから逃げようと、腰を引こうとするが、強く腰を掴まれて快楽を受け止めるしかなくなる。
「〜〜ぁッ、……ふっ、…、ぁ、や…むり……ぃ」
「っ、ン……、とまれんよっ……!」
「ん、ッ〜〜!……はッ、ァ……!」
 一度入口近くまで戻されたそれが、一気に奥へ突き出された瞬間、ぱちんと意識が弾ける。滲んだ視界で白い天井を呆然と眺めていると眠気が襲ってきて、そこからまた記憶が途絶えた。最後、啓悟の名前を呼んだ気がする。

 
 目を開くと、まだ薄暗い夜の中でベッドの上にいた。何度か瞬きをすると、傍に恋人の姿が見えた。頬杖をついて、窓の外を眺めている。
 ほんと羽だけってずるいよなぁ、と思いながら綺麗な背中を見つめていると、振り向いた彼と目が合う。
「な、まえ……」
 想像より掠れた声が出てしまって、思わず笑ってしまった。そんなに声出してたっけ。あの熱い一時を思い出すと、かなり理性が飛んでいた気がして、数秒押し黙ってしまう。啓悟は首を傾げて、私の言葉を待っている。
「言ってくれれば、いいのに」
「そうします」
 倦怠感に包まれた身体を動かして、彼の大きな手を握ると、口元を綻ばせた。その姿は何故だか、やっと母親を見つけた迷子のようにも見えた。
「いやぁ、でもこれが楽しいんですよね」

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