形単影隻

「もうひとつ歳をとるまでに半年ないよー……」
今後の予定を確認するためにスマホのスケジュール帳を開いていてふと思ったことをいつものようにぼやく。
「嬉しくないんですか?前はあんなにはやく大人になりたいよーって言ってたのに」
前はそうだった。窮屈な学生生活から抜け出したくて、毎日そんなことを言っていたけど。
実際抜け出してみると戻りたいと願う日々が待っていたのだ。
「嬉しくないかと問われると、私的には嬉しくないんだけれども…」
「るなっていつもそうだなあ」
「いつもこうですよ、悪かったな!」
「俺言いましたよね?長生きしてくださいって」
「私は保証出来ないって言いました!人間なので保証できません!できないけど、前みたいに後ろ向きな気持ちばっかなわけじゃないし長生きしたくないって思ってるわけじゃないけど……」
「けど?」
「長生きしたくない……」
「どっちなんですか?それ」
「やりたい事まだまだあるから長生きしたいけど、そこまで長く生きるのもな〜ていう思いもあり…」
「ふーん…」
湿った空気にいたたまれなくなって、窓のほうに目をやると今にでも雨が降りそうな空模様だった。それがひどく心を曇らせた。
「あのさ、前…さ。俺のために生きて、って言ったよね。」
二年前の冬に入ったばかりの頃。そう言われたことをずっと覚えている。
「あぁ、言いましたね。」
それがどうかしました?と続きを促す。
「あの時、そう言って貰えて嬉しかった。生きようって思えたよ。でも最近気づいたんだ。私には私の人生があって、趣味も沢山充実していてずおが全てじゃない。」
紫紺の影はゆらゆら、静かに続きを待っていた。
「うーん、うまく言葉に出来ないんだけど
いまは長生きしたいっていう気持ちの方が強いよ。でもずおのためには生きられない、と思う。前も言った通りおばあちゃんの姿見せたくないし……その…」
上手く言葉がまとめられず、顔を下げ口籠っていると明るい声が返ってきた。
「いいよ。それで」
「え」
「俺のために生きてくれなくても、いいですよ。」
そう言う顔はいつもの陽だまりみたいな笑顔じゃなくて。
独りぽつんと取り残されたみたいな寂しい顔をしていた。
そんな顔させたかったわけじゃなくて咄嗟に謝る。
「なんで謝るんですか」
「人間の身勝手な感情に沢山振り回しちゃってるなぁって」
「いーよ。俺の事嫌いになったわけでもないですもんね?」
「そりゃもちろんそうだよ。」
「じゃあいいや!るなが俺の事好きでいてくれるなら」
「それでいいの?」
「それでいい!」
「そっか」
「るなの頑固なとこ、好きですよ」
「私は自分の頑固なところ大嫌いだよ」
周りからも頑固だね、とよく言われるし自分でも痛いほどわかっていた。
ただ、どうも面倒くさい性格をしているもので他人にどういわれようと自分の生き方を曲げたくないというのが私の信念で、誇りだった。そんな大層なものでもないけれど。
ふと手が頬に伸ばされ、すりすりと優しく撫でられる。それがくすぐったくて目を細めた。
「ああ言えば、るなはずっととなりにいてくれるかなって思ったんですよね」
「え?」
「俺、ずっとるなが急に居なくなっちゃうんじゃないかって怖かったんです。
実際、俺に相談せずよく泣いてたりどこか行っちゃうことがあったから。でも最近のるなを見てると変わったなーって思うことが多くなってきて。生きる意欲?っていうのかな、そういうのが目に見えて強くなって。俺が居なくてもいいのかもって思う時もあったりして」
何にも言葉が出なかった。そんなこと今まで言われたこともなかったし気づきもしなかった。嫌、気づこうともしていなかったのかもしれない。
最近はずおとの向き合い方がわからず少しだけ距離を図っていた自覚も持っている。それは決して嫌いになったわけではなくて、数年前よりもこの想いが大きく膨らんでいたからどうしていいのかわからなかったのだ。この手に余る、人間の身には重すぎる感情を。
泣きそうになるのを堪えながら紫紺の目を見つめる。それに応えるようにぎゅっと手を握られる。
「繋ぎ止めておきたかったのかも。」
握った手を見つめてはは、と乾いた笑いが空に消えていく。あんまりずおは自分の奥底にある気持ちを私に吐露することが少ない。だから正直驚いて、うれしくて、どうにかなりそうだった。
「わたしもこわいから、ずおのために生きられないんだよ。
ずおに癒着しすぎてしまうのが怖い。」
「結局俺たち似たような感じ?」
「似てるかもね」
お互いの額をくっつきあわせ、笑いあう。
何年も一緒にいるから自然と思考が似通ってきたのかもしれないけれど、私たちは最初から似ていたんだと思う。
最悪から始まった出会いだったのに、いつからかこのひとのとなりにいないわたしなんて考えられなくなってしまった。
「永遠なんて嘘だけど、私はずっとずおが特別だと思うよ」
「無茶苦茶だなあ」
「人間なんていつも無茶苦茶だよ」
「うん、確かに!」
悪戯っぽく君が笑う。ああ、このまま時が止まってしまえば
全て投げ捨ててきみのために生きられるのに。現実はそうもいかないみたいで。矛盾した考えは私の腹の中をぐるぐる駆け回っていて気持ちが悪い。
でもきっとそれでいいんだと思う。
そっと、手を握り返せばはにかんだ笑顔で目を細める君がいた。