約束の願い星


前方を歩く少年の、透けるように細い桃色の髪が、風に揺られている。
足早にずんずんと進んで行く彼には置いていかれないようについていくのがやっとだった。やけに足場が悪い道で、どうにも歩きにくい。

「もうすぐだから」

振り返った彼の頬に伝う汗が太陽に照らされて、きらりと光って見えた。

「ヒロコ、大丈夫?」
「大丈夫。ありがとう」

彼とは今日出会ったばかりだ。
たまたま通りがかった町で、住民が揉めていたのをたまたま見かけて、その言い争う人達の間に入って必死に収めようとしている少年をたまたま見つけて、助け船を出した。それだけのことなのだが

「ついてきて!」

彼は笑顔でそう言った。
その笑顔は少年らしい無邪気で素直な笑顔だった。そんな子の誘いを断るわけにもいかずついてきてしまって、今に至る。

「えと…イグナシオ、くん?」
「しっ」

どこまで行くのか聞こうとしたのだが
彼は自分の口元に右手の人差し指を添え、左手は″これ以上進むな″と動きを制してきた。

「ここで待ってて」

刹那交差した瞳は、優しい色を残して。

風を切る音が聞こえたかと思った瞬間、髪が熱い風に揺られた。
キン───と響く金属音が耳を貫いて。
相も変わらず、耳障りな断末魔の叫びが続く

「助けてくれた人にはお礼をしろ、って母さんが言ってたからさ」

そう言って微笑みを見せた少年の右手には何故か先程倒したうさぎに似た魔物が握られていて

「俺のとっておき、ご馳走するね!」

ごちそう?って、もしかして、もしかしなくても、その、君の右手に握られた、その、

「ヒロコは魔物食べたことある?」

笑顔でそんなことを言われても、勿論そんなことはない。

     □■□

「おいしい?」

案の定そんなことはなかった。

「ん、んー?」

つい言葉につまってしまう。

味は、最低だった。
野うさぎの肉は美味しいのに、何故うさぎ型の魔物は美味しくないのだろう。

この肉は、臭いも舌触りも、到底人間の食べる物ではなかった。
だが、とてもそんなことを言い出せる状況ではない。彼は、これを美味いと言った。つまり彼は、コレを常日頃から食べているということで

「ね、ヒロコ?どう?」
「ん、うん、おい…しい、かなぁ」

口の端に肉を追いやって、顔がひきつらないようにそう答えるのがやっとだった。勇気を出して肉をなんとか飲み込んで笑顔を作る。

「でしょ?でしょ?」

瞳は焚き火の炎が写ってか、キラキラと輝いて見える

「今日、助けてくれてありがとね」
「いやいや!私なんて全然」

もうこの数時間の間何度聞いたかわからないお礼をのべて、微笑んだ彼に胸のどこかで罪悪感を覚えた

「俺、人とご飯食べるの久しぶり!」

焦げた肉にかぶりついた彼は思いきり噛みちぎるとそれを幸せそうに噛み締めていた。

「イグナシオくんは、これ好きなの?」
「好き!このうさぎは食べやすいからお気に入り」

話ながらも少年は、次々に肉を噛みちぎっていく。
私も出してもらった手前、食べないわけにはいかない。こうなったらもう一思いに食べてしまうか。

勇気を振り絞って大口を開けて、肉にかじりつく。えぐみの強い肉汁が一気に舌に広がり咳き込みそうになる。
それを堪えて、一思いに、いっそ骨ごと食らう勢いで

「んっ」

一気に口に入れ込んだ肉をろくに噛まずに飲み込んだ。口の中がかなり血生臭いがする気がする。

「ご、ごちそうさま!」

自分でも驚くくらい大きい声が出た。
すると少年も、驚いたような顔を見せていた。

「おかわり狩ってこようか?」
「い、いらない!おなかいっぱい!」
「そう?」

彼も続いてぺろりと平らげては「ごちそうさま」といいながら指についた油を舐めている。
その姿は、なんだか小動物みたいでかわいらしくつい口元が緩んでしまう

「ねぇ、ヒロコ」

ふと名前を呼ばれて慌てて口元の緩みを正す
彼の橙の瞳は、またぼんやりと炎を眺めていて、色が映った瞳は少し赤みを増している。

「なに?イグナシオくん」

答えるように、名を呼び返す

「また…いつか、一緒にごはん、食べてくれない?」

少し申し訳なさそうに目をそらしたままそう言った彼の眉は下がり、口を弱々しく結んでいた。

「私でよければ、勿論」

魔物を食べるのはごめんだけど、今度は私がなにか奢ればいい。
途端に彼の顔は勢いよくあがり、その瞳は炎よりもキラキラと輝きはじめて

「本当に?」
「本当に」

バッと立ち上がって此方に歩み寄ってきた少年は小指をグイと顔の前に差し出してきた。

「ヒロコも左手の小指貸して!」

言われるままに小指を差し出すと、そのままクイと小指同士が絡められる。

「イグナシオとヒロコは、また一緒にごはんを食べます!約束ね!」
「うん」

数回縦に腕が振られる。
私も昔約束するとき、こうやって何度も友人の腕を振った記憶がある。

「ね、ヒロコ」
「なに?」
「俺の事ナチョって呼んでくれない?そう呼ばれるの好きなんだ」
「わかったよ、ナチョくん」

ありがと、と呟いて少し名残惜しそうに離れた小指に残った熱は、流れる風より熱かった。

「でも魔物は不味いから、ヒロコに食べさせるのはこれで最後ね」
「え?」

魔物は不味いって言った?

「初めてだよ、魔物の肉を残さずに食べてくれた人。騙すみたいでごめんね」

状況がうまく把握できない。
騙すということは、私は彼に試されていたと言うことだろうか

「ヒロコは、いい人だね」

背中に月明かりをうけながら「いい人は大好き!」と笑った顔は、夜空の星にも負けないくらいの輝きを放っていた。



20170812

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