薔薇の杖なんて折ってしまえ


 それじゃあ、またどこかで。なんて言葉に曖昧に笑い返すだけで、何も言わずにその後ろ姿を見送る。足取り軽く家路に着く彼らは知る由もないだろう、私がこれからここで死を迎えることを。
 今日は荘園最後の日である。文字通りここで過ごす日々が終わり、それぞれが元いた場所へ帰っていく。愛しい人の待つ家へ、懐かしい故郷へ、あるいは荘園の主から与えられた多額のお金をもとに新しい場所へ。
 ただしそれはサバイバーに限った話である。
 大半が元々死んでいるかそれに類するハンターはここから出れば生きていくことができない。全てのゲームが終わった日、彼らには主からこの荘園と共に消滅すると伝えられたと言う。サバイバー達が去り一段と静かになったこの場所で、何もなかったかのように無に帰すのだと。
 それを知った彼らがどんな反応をしたのか、サバイバーとしてこの荘園に居た私には知る術はない。そもそも特例の私以外のサバイバー達は、ハンターが消えることさえ知らされていなかったのだ。勘のいい数人は薄々気付いていただろうが、誰もその問いについて触れなかった。仮に全員が生きてここから出たところで、再会することはきっとないだろうし、お互いのことを忘れて幸せに生きるだろうから。
 ではなぜ、サバイバーである私がもうすぐ消滅するこの荘園に最後まで残っているのか。

「お別れは済んだんです?」
「あら、ジャックさん。ええ、もう皆居ないわ」
「はあ、本気でここに残るつもりですか……私としては仲間達を見て貴方が心変わりしてくれないかと期待していたんですけどね」
「だって貴方も、この荘園も消えてしまうんでしょう? それならもう私が生きていく意味はないわ」

 今では遠い昔に思えるが、このエウリュディケ荘園への招待状が届いたあの日、私は全て投げ出して死ぬつもりだった。もう思い出したくもない酷い日常。そこから抜け出せるならどうなって良かった私は、人生最後の旅行だと列車へ飛び乗ってここまでやってきた。そのときは到底、出られずに毎日ゲームに参加しないといけないことなど知らなかったのだから。
 それでも知らない優しい人だらけの閉鎖空間は元いたあの地より全然居心地が良かったし、あのゲームもそこまで恐怖はなかった。ハンターと呼ばれる彼らもかつては人間であったとき、私は怖がるサバイバー達を横目に積極的に交流を試みた。荘園内では危害を加えない彼らを怖がる理由なんてなかった。

 そんな中で出会ったのがリッパーと呼ばれる彼、ジャック。
 人間の姿を半分留めた彼は、ハンターの館に繰り返し訪れる私に人間だった頃は殺人鬼だと語った。後に私を怯えさせて二度と来ないよう追い払うためだと聞いたが、全く動じなかった私は、ハンターの中でも特に彼に興味を持ち部屋まで通い詰めるようになった。初めは門前払いしていた彼も、無駄だと悟ったのかいつしか黙って部屋に上げては放置するようになり、今では自ら紅茶を出してくれるまでになった。

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