くらがりの中ジャムを煮ゆる
締め切ったカーテンからはほんの少しの光だけ漏れていて、朝か夕方かも分からない。まだ半分くらい夢心地の頭でゆっくり思考を巡らせる。布団に入ったのは太陽が沈んでからだったはず。つまり、今は朝のはず。寝過ぎていたら、もしかしたら、お昼なのかもしれない。
枕元にスマホを置いていたことを思い出したけれど、時間を確認してしまうと本当に夢から覚めてしまう気がして、手を伸ばすのをやめた。何時でも、何でも良いのだ。この気持ち良さそうに寝息を立てる、彼の前では。
「............まつげ、長いなぁ」
3か月前までは、絶対に見ることができなかった無防備な顔。
ーーー名字さんのこと、好きやねん。
そう告白する時でさえ、北くんの表情はいつも通りだった。おにぎり宮に通うようになって、挨拶を交わすようになり、宮くんを交えて他愛のない話をして、少しずつ少しずつ、北くんのことを知っていく。同い年だったこと。バレー部でキャプテンを務めていたこと。全国有数の強豪校だったこと。ずっと近くで応援してくれているおばあさんが居ること。ヤンチャだけれど、凄い後輩の話を得意げに話す顔。宮くんは少し北くんに萎縮してるけれど、尊敬していること。
ああ、この人は、ずっと見守ってきたんだなと。日々をこなし、万全な状態で、彼の自慢の仲間たちの、背中を守ってきたんだなと。そのとき、高校生の彼を見たこともないのに、わたしの頭には優しい笑みを浮かべる北くんの表情が浮かんだ。
しばらくして、珍しく遅い時間に来店していた北くんと一緒になり、送ってくれた帰り道で、彼との関係が「恋人」になった。
「俺な、名字さんのこと、好きやねん」
「わたしも、北くんが、好きです」
これからよろしくな。と、その場はあっさりと別れた。こんなものかと少し思ったけれど、言葉で確認する必要もないかなと思った。「寒いから、ちゃんとあったかくして寝なあかんで?」と去り際に頭を撫でた北くんの表情が、前とは違う、愛しいものを見るような、慈しむような、温かいものだったから。わたしは胸がくすぐったかった。
目の前で静かに眠る北くんは、最初こそわたしより遅く起きるなんてことはなくて、休みでもお構いなしに定刻に起きていた。トーストとコーヒーのにおいがして、目を薄ら開けると、親指でわたしの頬を撫でる北くんがうつる。「やって、あまりにも気持ち良さそうに寝とるからな。見てたくなんねん」北くんはいつも、起こすか、起こさないか、迷っているらしい。
でも、初めてなのだ。夜が明けて目を覚ました時に、隣に北くんの温度があるのは。悪戯心がくすぐられ、いつも彼がするように、頬に手を添えて、親指で撫でてみる。思っていたより柔らかくて、あたたかい。
「..........ん」
ふわ。と長いまつげが上がる。ぱちぱちと揺れた瞳にわたしがうつる。
「起こしちゃった、ごめん」
「ええよ、もう、朝か...」
不覚にも、可愛いと思ってしまう。むにゃむにゃ動く口と、今にも閉じてしまいそうな瞼。こんな顔、見れるのは、わたしだけ。
「今何時か分からんけど、たぶん、相当寝とるなぁ」
「ふふ。うん、たぶんね」
北くんがあまりにもやわらかく笑うので、堪らなくなって、スウェットの丸襟からのぞく首元に、擦り寄ってみる。
「はは。くすぐったいわ」
上から降ってくる控えめな笑い声が心地良い。嗅覚は無意識に、北くんのにおいに集中する。投げ出されていた彼の右手、指先が、寝癖のついたわたしの髪を軽く梳いた。
「くっついたら、眠なるなぁ」
「うん、あったかい、ね」
「.......」
「.......」
そのまま、北くんの腕のなかでもう一度意識を飛ばしかけたところで、今日はお昼に宮くんのところに顔を出すと北くんが言っていたことを、少しだけ働く理性で思い出した。
「......起きなきゃ、だ。宮くんのところ行くんだもんね?コーヒー淹れよっか」
先ずは目覚ましにと、上半身を起こしたところで、
「わっ、」
ぐい。と手首を引かれる。目線をやると、少し困ったような、揶揄うような表情で。
「............もう少し、おって。名前、」
そんなこと、そんな顔で、言われたら。
「......寝坊したら、北くんのせいだからね」
「ええよ。俺のせいにして」
おれ先輩やしな。と急に先輩風を吹かせた北くんの悪戯な顔。と思いきやまた夢の中に落ちていく、そんな北くんを見ていたらわたしも瞼がくっついてしまいそうだ。宮くんに何か言われたら、北くんのせいにしてしまおう。
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