フォンダン・ショコラ - 夜久衛輔
チョコレートの匂いが部屋に充満していて、自分自身も纏っているような気がする。何に一度しかチョコを溶かして加工するこの作業は行わないのに、昔よりは手際が良くなったような気がするのは何故だろうか。
「お邪魔しますー」
「どうぞー」
「おお。すげーチョコの匂いするな」
「部屋?」
「いや?名前から」
衛輔の手がわたしの首の裏に添えられ、少し強い力で引き寄せられる。衛輔は、纏めていた髪に顔を埋めた。部屋にチョコレートの匂いが充満しているのは事実だし、わたしから香ったなんて、こじつけも良いところだ。
「嗅がないで下さい〜」
「いー匂いなんだから良いだろ。チョコと、名前のにおい」
くんくん。と耳元で音が聞こえてくるのは、決して良い気分ではない。暫くそうしていると、耐えきれなくなった衛輔から笑い声が聞こえた。
「ははっ」
「ふふっ、」
「ただいま」
「お帰り、衛輔」
ロシアと日本の遠距離恋愛は楽ではないが、衛輔は惜しみなく愛情表現をしてくれるので、それも悪くないなと思えてしまうから不思議である。
「それにしても、バレンタイン狙って帰ってくるとはねえ」
「違えから!偶々だから!」
「はいはい。でも頑張ってる衛輔くんにチョコはちゃんとありますー」
やった!と彼が見せる笑顔は高校のときと変わらない。笑った顔、怒った顔。彼の表情は豊かで、バレーボールをする彼の表情は永遠に見ていられるなと当時本気で思っていた。
「どうぞ。お家だし、ラッピングしてなくて申し訳ないけど」
「良いよそんなの。いただきまーす」
用意したのはフォンダンショコラだった。持ち歩くには向かないが、家で食べてもらえるならと思い選んだのだ。
「ん、うまい」
「そう?良かった。コーヒー飲む?」
「ありがと。けどその前に、」
こっちもちょーだい。
衛輔は偶にこういうことを言う。所謂キザで、ストレートで、こちらが恥ずかしくなってしまうような。重ねられた唇、少しずつ入ってきた舌から、チョコレートの風味が流れ込んでくる。
「ん、衛輔、」
「名前、会いたかった」
ぬるりと入ってきていた舌が、上顎の辺りを撫でたり、舌同士を絡ませたり、あちこちを移動する。どの位そうしているか分からず頭がぼーっとしてきたあたりで、衛輔が舌先を吸いながら出ていった。
「ごめん、がっついて」
「ううん、大丈夫、」
「...もうちょっとしても、良い?」
そうわたしの顔を伺いながら言った衛輔の双眸は少しギラギラしていて、射抜かれたわたしは金縛りにでもあったように固まってしまった。逃げられないし、逃げる気もなかった。
フォンダンショコラはまだある。美味しく食べられるように、温め直して、一緒にコーヒーを淹れよう。久しぶりの逢瀬を一先ず楽しんだあとで。
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