- Prologue -



パンジーには、神話に基づく言い伝えがあるらしい。春の野に降り立った天使が、そこで見かけた純白のスミレに心を奪われる。天使はスミレの花に、面影を移すかわりに、人々に真の愛を伝えてくれと純白のスミレに3回キスをする。すると純白だったそれが3色になり、パンジーになったという。そんな言い伝えから、愛を伝える花になった。


素敵な話だけれど、その割にはいろんな種類があったような...と折角のロマンチックな話を前に、かけらもムードのないことを考えてしまう。お土産に食器が欲しいなと調べているとやけに花柄のものが多く、よくよく調べてみたらパンジーはポーランドの国花なのだそうだ。

「パンジー柄、可愛いなあ...」

パンジーは好きだ。実家の花壇にも植えられていた。母が季節になると種を買ってきて、甲斐甲斐しく世話をしていたのを思い出す。自分は何もしなかったが、偶に庭を覗いては、芽が出たな、大きくなってきたな、花が咲いてこれが一番綺麗なタイミングなのかな...と見つめていた。

ポーランドへの出張が決まったのは1か月前。商社とはいえインターネットがある世の中では海外出張も無いかなと思っていたが、大口の取引先が出来るということで上司と視察、打ち合わせに行くことになったのだ。何故私が...?と思ったが、同チームの先輩はもうすぐ産休、他メンバーは後輩であることに加え、英語系の学部出身で少し英語ができるという理由で選出されたようだった。ビジネスレベルの英語を期待されてしまっては応えられない程度だけれど、果たして務まるのだろうか。

そんなことを考えながら歩いていると、雰囲気の良いパティスリーをみつける。こんな所にあったかな、と思ったが見たところ新しいお店らしい。今日は金曜日、偶には少し良いスイーツでも勝って、ゆっくりしようか。この間買ったスペシャリティコーヒーを淹れよう。

「いらっしゃいませ。少し種類が限られてしまいますが、宜しければどうぞー」

店員さんに会釈して、この時間だし仕方ない、今度はお休みの日中にでも来ようと考える。美味しそうなスイーツが並ぶケースに近づくと、目の前の店員さんの表情がはっきりと見える。あれ、どこかで見たことがあるような...ネームプレートには〈Tendo〉の文字。もしかして、

「...あの、違ったらごめんなさい。もしかして天童くん?」
「エッ。うーん、あれ〜、もしかして!名前チャン!?」
「あっ覚えててくれた!?人違いじゃなくてよかった〜...」
「覚えてるよぉ。元クラスメイトだもん!久々ダネ〜」

天童くんは天童くんで、全然変わらなくて安心する。そうだ、そういえば少し前に天童くんがドキュメンタリー番組に出ててグループLINEが動いていたかも。ショコラティエ、になったんだっけ。

「テレビ見たよ、日本に帰ってきてたんだね」
「チョット恥ずかしーな!アリガト。そうなの、少し前に帰ってきてここで働いてる」
「そうなんだ。凄いなぁ、頑張ってるんだね」

そういうと天童くんは得意気に笑った。その表情は、バレーボールの話を隣の席で楽しそうに聞かせてくれた、当時の天童くんと何ら変わらない。

「名前チャンはいま何してるの?」
「私は商社で働いてる。今度海外出張も行くことになって、ちょっと心配なんだけどね」
「ヘェ〜出張!どこ行くの?」
「ポーランド」
「ヘェ、珍しいね...ポーランド...ポーランドか!」
「?なに」
「ポーランドっていえば、今若利くん居るヨ」

若利くん。久々に聞いた名前だ。高校の頃天童くんから何度も聞いた名前。応援に行ったバレーの試合、圧倒的な力で魅せる姿を、遠くから見つめていたこと。高校3年の1年間、私の心は彼のものだった。




BACK - TOP