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圧倒的、とは、まさにこの事だと思った。
高3になって仲良くなった友人に連れられ、初めて男子バレー部の試合を観に行った。強豪であることはもちろん知っていたが、観に行くタイミングを逃しに逃していた。3年になって天童くんと話すようになったこともあり、その日は朝から試合を楽しみにしていた、のだが。
「...............」
人間本当に驚いた時には声が出ないものなのだろうか。確かに、白鳥沢は強い。相手にセットは取らせずストレート勝ち、相手のミスなどよりも、サーブ・スパイクで確実に取っていく得点。なかでも目を奪われたのは、
「牛島くん、凄い......」
「ね、何かもうレベルが違うよね...卒業したらプロになるって噂だよ」
「そんなに、」
相手に手を出させない力のこもったスパイク、それにより響く音。後半になっても全くスピードも落ちないボール。入念にアップをする様子から試合後のクールダウンまで。ああこの人は、全てをかけてバレーをやっているのだと。というよりも、それが中心にあって、当たり前のような。「本気」というのは、こういう人のことを言うのだなと思った。私とは、違う世界に生きている。
3年はどうしても受験というものがあり、秋頃からは学年のフロアは受験モードになり空気が変わっていた。男子バレー部も3年は引退となり、何度か観戦した試合も、パッタリ観に行くことが無くなってしまった。もちろん受験のこともあるけれど、私はバレーをする牛島くんを見ていたかったのだなあ、と思う。
そんな中でも、一度だけ、牛島くんと言葉を交わしたことがあった。図書室の受付で勉強しながら、偶にくる貸出返却の受付をしていたとき。
「すまない、天童はいるか?」
掛けられた声に顔をあげると、190cm近い身体は思ったより大きく、首はほぼ90度持ち上げているのではないかと思うくらいに。
「えっと、天童くん、職員室に用事があるみたいで。もうすぐ戻ってくると思うけど...」
「そうか。では少し待たせてもらう」
ああ今、私牛島くんと話してる。このまま一度も彼の目にうつることもないまま卒業するものだとばかり思っていたが、図書委員を引き受けてみるものだ。天童くんと、どうせ勉強してればいいしね〜とノリで決めた委員会ではあったが。ありがとう、天童くん。
「もしかして、名前ちゃん、か?」
「へっ」
牛島くんなら口からまさかのワードが飛び出て、可愛くない声が出てしまう。名前ちゃんって、言った。
「すまない。天童からクラスメイトの女子の名前を何度か聞いたことがあって、そうかと思っただけだ」
「あ、そういうこと。正解です。だけど、名字でいいよ...」
「何というんだ」
「?」
「名字だ」
ああそうか、初めて話すもんな。マンモス校だし、同級生の名前が分からないのも無理はない。というか牛島くん初めてちゃんと話すけど、ちょっと天然なのかな。ていうか天童くん、恥ずかしいから話しないでくれ...
「名字です...」
「名字か。覚えておく」
覚えておく。お世辞でも嬉しい。話すことなんて今後そうないだろうが、目の前の彼がそう言ってくれたことが嬉しかった。
「名字は、試合を観に来たことがあるんだろう。天童が言っていた」
「えっ!?そっか、言ってたのか...うん、何回か観に行ったよ」
「どうだった」
「どう、って」
「どうだった。バレーは」
彼のその質問は、試合をしていた自分はどうだったかという話ではなく、もっと大きな次元の、バレーボールというスポーツの話をしているように思えた。
「.........全部が繋がってて、格好良いなって、思った」
「........」
「サーブも、レシーブも、トスも、スパイクも。素人目だけど、皆役割があって、一球を繋いでいってるのが」
「...そうか」
「中でもね、」
「?」
「圧倒的な牛島くんの力が、眩しかった」
やけにポエマーな感想になってしまったが、口をついで出た言葉は素直な気持ちだった。
「......そうか。有難う」
「ううん、本当にそう思ったから。卒業したらプロになるって、風の噂で聞いたけど...」
「ああ、そうだ」
「.....きっと牛島くんの格好良いバレーに、小っちゃい子が憧れたりするのかもね。そう思うと、それって、なんかいいなあ」
そう言うと牛島くんは何かを考えるような表情をした。変なことを言ってしまっただろうか。何と言おうかと頭をぐるぐる回し始めたタイミングで天童くんが戻ってきて、沈黙は辛いので心の中で天童くんに感謝する。
「あっれ〜?若利くん」
「天童」
「どしたの?何が用事だった?」
「今日は部活に顔を出すことになっていただろう。一応声を掛けにきたが、委員会なのか」
「アレッ、今日だったっけ?そっかぁ...」
それは行くべきだろう。引退した先輩が部活に来てくれるなんて、もう卒業までのあと少ししか出来ないのだから。「あと私やるから良いよ、そんなに来ないだろうし。部活行って」と告げると、天童くんは今度お礼するネ!と支度を始めた。天童くんのいうお礼は、恐らくお菓子だろう。お安い御用である。
「名字、すまない。天童を借りる」
「全然。部活頑張ってね...!」
「ああ、有難う。邪魔したな」
天童くんは私と牛島くんをキョロッとそれぞれ二度見した後、ふぅーん、と意味深な声を出して牛島くんと図書室を出ていった。その後も天童くんと交流はあったが、その時の話は聞けずじまい。
以降私と牛島くんは、偶に図書室で話す同級生、という間柄になったのだった。
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