- 5 -



「少し歩くか」
「そうだね。広場賑わってたし、ちょっと見てみたいかも」
「ああ。行ってみよう」

レストランを出て、このままお別れとなってしまうのかなと想像して寂しくなっていたが、牛島くんはもう暫く付き合ってくれるようだった。当たり前のようにそうしてくれたことが嬉しい。

スタレ・ミアストは旧市街地区、街そのものが世界遺産なだけあって何処に目をやっても美しく、見惚れてしまう。オレンジ色のライトがカラフルな建物をほんのりと夜に浮かび上がらせて幻想的だ。

「綺麗...」
「だな。そういえば、この時間帯にここに来たことは無かったかもしれない。見事なものだな」

同じ景色をみて、同じ気持ちを共有できている。大袈裟かもしれないが、こんな日が現実になるなんて、高3の私に教えてあげたい。

外から見ても華やかさが分かるスーベニアショップには、やはり目線を持っていかれる。しかし、のんびりとした買い物や目的のないウィンドウショッピングは好き嫌いがある。ホテルもそう遠くないからまたゆっくり見に来ようかなと、牛島くんを横目に考える。ふと目線をやると、何か言いたげにしていた牛島くんの口がゆっくりと開かれた。

「店は、見ていかないのか?」
「うん、またゆっくり見に来れば良いかなって。ホテルも近いし」
「...見たそうな顔をしているが。遠慮しなくていい」


「食器屋さん!見たかった...!」
「それは良かった」
「パンジー柄の食器、たくさんある...!」

我ながら掌を返すのが早い、先程の遠慮はどこに行ってしまったのか。ショップに入れば、以前ネットで調べていたような柄の食器が所狭しと並んでいる光景が視界を埋める。

「パンジーってポーランドの国花なんだよ」
「そうなのか。知らなかった。道理で似た柄の食器が多い訳だな」
「ね。神話に基づくパンジーの言い伝えとかもあって、愛を伝える花としてヨーロッパではバレンタインに贈ったりするんだって」
「なるほど」

食器を手に取りながら喋り、知識をひけらかすようになってしまったが、可愛らしいデザインの食器を前にテンションが上がってしまいどうにも口が止まらなくなってしまう。牛島くんは嫌がっていないだろうか。

そろそろめぼしい店は一通り見たかなというところだけれど、名残惜しくなってしまった私は、どうにかしてもう少し一緒に居ようとする。夢のひとときも、あと少し。

「...牛島くん、コーヒー好き?」
「ああ、自宅でも飲むが」
「そこのコーヒーが美味しいらしいんだ。帰りながら飲んでもいいし、テイクアウトしない?付き合ってもらったお礼!」
「有難いが、そんなに気を遣わなくて良い」

私が飲みたいだけだからと言うと、分かった、と渋々着いてきてくれた。流石観光地と言ったところか、英語での注文もスムーズに済み、コーヒーの良い香りを引き連れて川沿いのベンチに着く。

「色々見れて楽しかった!付き合ってくれてありがとう。退屈しなかった?」
「していない。百面相している名字を見ているのも面白かったからな」
「っえ、」

熱が集まる顔を牛島くんに向けると、彼の口元は緩やかに弧を描いていた。牛島くんってこんな意地悪も言うの。ずるい。

「私はいいからお土産見て......」
「フッ、そうだな。俺も今後はもう少し色々回ってみようと思う」
「それがいいね。まだまだ見るところも沢山ありそうだし」
「......名字」

ベンチの2人の間に放り出されたそれぞれの手は、まだ触れるには程遠い距離。「良ければ、なんだが」牛島くんはやけに真剣な顔をしてそう言う。

「また会ってくれないか。ポーランドに居るうちに」
「え?」
「誰かと他愛ない話をしながらゆっくり食事をするのも、目的なく歩くのも、久しぶりだった。......楽しかった」


それに、ここで別れてしまったら、また何年も名字に会えない気がする。


真面目なような、優しいような、幾分柔らかさを含んだ声で牛島くんはそう続けた。それは私も思っていたことで。予想だにしていなかったその言葉に幾らか期待をしてしまうが、私がここに居られるのはあと1週間足らず。期待は無用だ。それでも、自分が苦しくなるのを分かっていても、何度でも会いたいと思ってしまった。コーヒーを持ったままゆっくり歩き、ホテルまで送ってくれた牛島くんと別れて、身支度をして布団に入ってからも、頭から牛島くんが居なくなってくれなかった。







BACK - TOP