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行きたいところがあるんだ。土曜に時間を作れるか。


何とも牛島くんらしいシンプルなメッセージ。もちろん駄目というはずもなく、即座に「日曜大丈夫。時間と場所指定してくれたら行くよ」と返すと、数分も待たずにスマホが返事を知らせる。「いや、ホテルまで迎えに行く。11時頃に出て来れるか」と送られたメッセージに、思わず肩を震わせた。いや、牛島くんのことだ、深い意味は無いだろう。ホテル待ち合わせの方が都合が良いのかもしれない。了承したことを伝えて、スマホを伏せる。土曜はもう日本への帰国も目前。思い上がってはいけないなと、まだ震えないスマホを見つめた。


「名字」
「牛島くん。おはよう...って時間でもないか」
「まあ、午前中だから良いだろう。お早う」
「ふふ、うん、おはよう。今日は何処に行くの?」
「教会だ」

そう連れて来られたのは、徒歩圏内にある聖アンナ教会だった。こちらもやはり、事前に目星をつけていたスポットで、思わぬ機会に心を躍らせた。

「...........」
「名字、」
「...........」
「名字」
「え、」
「口が開いているぞ」
「は、失礼しました......」
「いや、気持ちは分かる...綺麗だな」

金箔で装飾された美しい内装、奥行きを更に出す天井画、煌びやかで大きなシャンデリア、その向こうで輝くパイプオルガン。

「凄い、じゃ足りない...」
「こうも圧倒されると、何と言ったら良いか分からないな」

あまりの美しさに呆然としていると、牛島くんに席に着くように促される。よくよく周りを見渡してみると、同様に席に着いていく人々のすがた。

「...何か、あるの?」
「ああ。もうすぐだ」

牛島くんははっきりと言うつもりが無いようだったので、諦めて大人しく待っていると、暫くして騒めいていた人々の話し声は消えて静寂に包まれる。そう思ったのも束の間、

「っ、」

大きな音が建物内に突然響き、肩が強張る。けれどそれは決して不快なものではなく、重々しくて、堂々としていて、荘厳な音。パイプオルガンだ。

紡ぎ出される音は、正直なかなか聞き慣れないもの。かなり響く音なのに何処か居心地の良さを感じて、自分の中の何かが浄化されるような感覚がして、不思議な気持ちだ。わたしは思わず目を閉じる。隣にいる牛島くんは、何を感じているんだろう。


カチッとはまる和音が長く響き、演奏の終わりを感じ取る。あっという間で、一瞬のように感じた。ゆっくりと目を開けると、視界が少しぼやけていた。辛うじて溢れていないものの、涙が溜まっていたようだった。

「.......綺麗だな」
「っえ、うん、本当ずっと見ていられるね」
「いや、建物の話ではない...まあ、そうと言えばそうだが」
「?」
「今ふと名字を見て、綺麗だなと、思っただけだ」

何を言っているんだ、牛島くんは。パイプオルガンの感想もそこそこに、というか言っていないが、何を言っているんだ。どういう意味?牛島くんは、何を考えてるの?

「っ、出よう。ほら、奥の人も出たいだろうから」
「...ああ」

通路側の私たちが出なければ奥の人も出られない。慌てて教会を後にして開けた場所に出る。牛島くんに気付かれないように、軽く目元を拭いながら。

「初めて聞いたが、あれは、凄いな」
「...うん。本当に。語彙力がなくて凄いとしか言えないのが悔しい」
「ああ、俺もだ」

そう言葉を交わした牛島くんはいつも通りで、さっきのはやはり私の聞き間違いだったのだろうと思う。演奏の余韻も相まって言葉少なに何となく歩いていると、観光客の集団が目の前から流れてきて、気づいた時にはぶつかりそうになっていた。いけない、と避けようとしたところで、ぐん、と手を引かれる。

「名字、はぐれるな」

手を引くために掬われた私の掌は、暫くしてもそのまま、彼の大きく骨張った掌に包まれている。わたしは、どうしたらいいんだろう。牛島くんとどうなりたいんだろう。牛島くんは、わたしをどう思っているのだろう。







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