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「名前ちゃーん!こっちこっち」

ただでさえ普段から木兎の声は大きく佐久早はウンザリしていたが、呼ばれたその名前は何故か、やけにすとんと胸に落ちてくる。

「光太郎!」

返事をする声は決して大きくないが、試合後の賑わうコートの中でもしっかりと耳に届く心地良い声だった。

「試合見てくれた!?」
「最初から見てたよ!活躍してたね〜カッコよかった!ボクトビーム!」
「ヘイヘーイ!名前ちゃんが来てくれるの久しぶりだったからな!気合入ってた!」

木兎と親しげに話す名前と呼ばれた女性は、レモン色のトップスにスキニーデニムと、一足先に春が来たような服装をしている。カジュアルではあるが清潔感があり、あまり人と関わりたがらない佐久早にも好印象に映っていた。

「折角だしみんなに紹介していい!?」
「えっ!いいよ、皆さん忙しいでしょ」
「何や木っくん、そのオネーサン紹介してえな」
「こちら名前ちゃん!おれのいとこ!」

へえ、木っくん従姉妹見に来とったんや、と近づいてくる侑に、名前は本物の宮侑だ...!と心の中で感動していた。

「宮です〜」
「名字名前です」
「名前サン!木っくんと名字はちゃうんすね」
「はい、母親の旧姓が木兎です」

ほおー、木っくん早よ紹介してくれたら良かったんに、と侑は木兎の肩に肘を乗せた。絡み方の治安があまり良くなく名前は苦笑いを浮かべる。

「俺らこれからミーティングなんだよ!名前ちゃんこの後時間ある!?」
「特に予定はないけど...」
「翌日オフの時は行けるヤツら集めてメシ行くんだ、名前ちゃんもおいでよ!」
「ええ!?邪魔になるよ、女1人参加して気遣わせてもあれだし」
「いーのいーの、変に気遣うヤツらじゃないから。アッでもむさ苦しくて嫌か!?友達呼んでもいーよ」
「名前サン来たらええやん!いつも男だらけでつまらんし!変な飲み方はせえへんから安心し」

木兎に曇りのない瞳で懇願され、宮の若干強引な誘いも受けてしまっては、名前に遠慮するという選択肢はもう選べないも同然だった。

「う...ん、分かった。けど盛り上げたりは出来ないからね」
「ヨッシャー!決まり!」
「名前サン俺らのこと何やと思っとんねん」

とはいえ女性1人もいささか緊張するので、木兎の言葉に甘えて名前は一瞬に試合を観に来ていた友人の香里も誘うことにした。元々食事に行くつもりであったし、ミーハーな気性なので、ブラックジャッカルの選手と食事できるとなれば断りはしないだろう。現に宮侑選手の熱狂的なファンであるし。

「ほんなら店連絡しとくか。俺、木っくん、名前サン、お友達と...翔陽くんも行く?オッケ、5人な。一応聞くけど、臣くんどないする?」
「............行く」

ぎょっとチームメイトの目線がぐるりと向けられる。普段このような場に佐久早がすすんで来ることは無いからだ。

「........なに」
「いや。明日雪でも降るんちゃうかなと...」
「...ウザ」

佐久早自身もなぜ行くと言ったのか、感覚的に答えたので理解していなかった。彼女が連れてきた春のにおいに吸い寄せられるように、佐久早の意識は少しだけ其方を向いていた。
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