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チェックアウトは10時で時間ギリギリに向かった結果、フロントの辺りであいつらに会ってしまった。クソ、昨日は上手くかわせたのに。

「臣くーん」
「..........なんだよ」
「名前チャンと連絡先交換したんやろ?連絡は?したん?」

ただでさえウザい宮がこの手の話で更にウザくなることは目に見えていたのだ。ていうか俺より先にちゃん付けで呼んでんじゃねえ。

「関係ないだろ」
「関係ないことあらへんやんかー、チームメイトの木っくんの可愛い従姉妹やで?どこぞの馬の骨か分からんやつに誑かされたら困るやんか」
「誰なんだよ...ていうかどっちかっていうとどこぞの馬の骨っぽいのはお前だろ」

そう言うと宮はギャンギャン怒っていたが、震えたスマホに意識を取られたので宮のことはもう知ったこっちゃない。案の定画面に通知されたのは彼女からのメッセージで、口元が緩まないように必死に堪える。まあマスクをしているので見られることは無いんだけれども。

ーーおはよう!今日は宜しくね。

17時、東京駅南口。昨日自分が送ったメッセージを見返して、さて時間までどう過ごそうかと思考を巡らせた。



大阪に帰るだけなら楽なのでジャージで帰ってしまうことも多いのだが、念のために私服を一組入れておいて良かった。かつ、この辺りで食事をしても浮かない服。

「佐久早くん、お待たせ」

正面から控えめな声が聞こえて顔を上げると、目の前に覗き込むようにして顔を伺う#名前#さん。

「ごめんね、待った?」
「いや、さっき来たばっかりなんで...」
「良かった!佐久早くん背高いからすぐに見つけられた」

どく、と胸が鳴る。名前さんが昨日より更に2割増くらいで綺麗に見える。どうしたんだ、俺。

「それは、良かったです。...行きますか」
「うん。お店ありがとね」

駅から少し歩いたところにある和食ダイニングバーは、古森が送ってきた中から見つけた店だ。予約してた佐久早です、と店員に告げると、向かい合って座るタイプのテーブル席に通される。通路から丸見えにならないように暖簾があり、座るとやけに閉鎖された空間のように感じて、柄にもなく喉の渇きを感じた。

「雰囲気良いお店だね」
「...ですね。名前さん、何飲みますか」
「どうしようかな。佐久早くんお酒は?」
「一杯だけ、飲もうかなと」
「じゃあ私も、最初だけビールにする!」

注文まで俺が出来たらスムーズだったのだが、流石社会人といったところか、あれよあれよと名前さんは2人分のビールの注文を終えてしまった。

「ありがとう、ございます」
「ごめんね、喉乾いちゃって。このタイミングで何だけど、敬語気にしなくていいよ?対して年齢変わらないし、なんか逆に緊張しちゃって」
「そうですか。じゃあなしに、する」
「うん。その方がいい」

何食べよっか、これも美味しそう。と此方にも読めるようにメニューを広げてくれて、どうにか其方に意識を向けようとするも、俺の目線は目の前の彼女に密かに注がれたままだった。


「...今日、嬉しかった」
「?なにが、」
「佐久早くんが、食事誘ってくれたのが」

思わず目を見開いた、のが自分でも分かった。どうやら彼女は結構ストレートな物言いをするタイプらしい。既にアルコールが入っているから、それもあるかもしれないけれど。

「それは、良かった」
「うん。昨日あんまり話せなかったしね」
「...そうだね。宮辺りが煩かったし」
「はは、宮くん楽しそうだったもんね」
「何時もあんなだよ。もう慣れたけど」

楽しそうでいいなあ、と、ぐび、と名前さんは喉を動かした。白い首筋が回るアルコールで少し赤らんでいて、思わず目を逸らした。

「名前さん、嫌じゃなかったみたいで、良かった」
「?」
「...だって、昨日会ったばっかりじゃん」
「そうだったね、忘れてた」

あっけらかん、とそう言われて拍子抜けしてしまう。

「流石に、会ったばっかりで急すぎるかなとも思ったんだけど」
「うん」
「おれ大阪戻るし、会って、おきたかった」
「...そっか」

暫くの沈黙。名前さんの顔は相変わらず少し赤い、いや、心なしか先程よりも赤くなったような。俺の都合の良い頭が、そう見ているだけかもしれないけれど。
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