逆行

「俺はお前のことが嫌いなんだ」

 告白もしていないのに好きな人に拒絶されてしまった。気持ちをちゃんとはっきり伝えてからフられた方がマシだ。まさか嫌悪されていたなんて全く気付かなかった。綾小路くんは表情が乏しいから。

 結局私は彼に切り捨てられて、高育を退学させられてしまった。

 二年以上一人暮らしを続けてきた部屋で荷物をまとめ終えて、「さてと」と立ち上がり、涙を拭った。こんな時期に一人だけ学校を去っていく準備をしなければいけないことが情けなくて、惨めで、涙は止まらない。私はせっかく立ち上がったのに崩れ落ちて、わーわー泣いた。頭も真っ白になるくらいに泣いた。

「綾小路……綾小路清隆……! 絶対許さない……!」

 何時間も泣き明かしたかという頃、泣き疲れたように私はいつの間にか眠りに落ちていた。


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──


 眠りから目覚めると、私は何故かバスの中にいた。自動車特有の振動の中で首が傾いてしまっていたらしく視界は垂直方向だ。身体は座席に収まっていて、暖かくて心地良い。

「起きたか? 起こそうか起こすまいか、迷っていたんだ。起きてくれて良かった」

 聞き覚えのある声がすぐ近くで聞こえて──というか身体に直接響いてきて、反射的に顔を上げた。すると視界いっぱいの至近距離に誰かの顔があって、数秒かけてピントを合わせようやく認識出来たその顔は綾小路清隆と一致したので思わず飛び退いた。

「っ──!?」

 まるでカップルのように身体をぴったりとくっつけて肩まで借りていた状態から、磁石のN極とS極が逆さまになったように反発して窓に張り付く私の様子を一瞥だけして、あとは興味がないとでも言うように綾小路清隆は前を向いた。その態度が実に私の神経を逆撫で、つい眉毛を動かす筋肉がピクピクと痙攣してしまう。

「……」

 しかしそこて私の視界に入ってきたのは周りの乗客だった。一般人も混ざっているが、高育の制服を着た学生が多い。私に一瞥をくれた彼らの視線を遮るように、私は大人しく座席シートに正しく腰をおろした。
 そもそも、私は何故バスに乗っているのだろう。確か、部屋で荷物をまとめていたところだったはずなのに。その荷物も見当たらないし、私は何故か高育の制服を着ているし、なんだか髪の毛の長さも違う気がする。何より、デジャヴなのだ。
 そう、まるで、私が高育に入学した日とまるで同じ状況だった。隣に座る綾小路清隆も、前方で繰り広げられるいざこざも。あの日は私も、名乗り出て席を譲るべきか否か頭を悩ませていた。しかし今の私はそれどころではなく、自分のおかれた状況の把握に努めるのに精一杯だ。そんな私を横目に盗み見る彼の視線さえ気付かないほどに。
 様々な憶測を巡らせた結果、逆行というやつなのではないかという結論に至った。頭がおかしいと言ってくれて構わない。しかし頬も抓ってみたが痛い。鞄の中も漁って確かめたが今日は紛れもなく二年前の入学式の日付だ。新品の制服、自分の髪型、何より圧倒的な既視感。私にはもう疑う材料が見つけられない。私は、退学した日から、入学した日に意識だけタイムスリップしたのだ。

 バスを降りて、立派な校門を見上げながらなおも考えを巡らせずにはいられない。逆行したとして、何故そんなことが起こったのか。……いや、考えても仕方ないのだろう、それは。しかし仮にこの時間軸で二年後の退学のあの日付になった時、私はどうなるのだろうか。元の時間軸に戻るのだろうか。それともまた入学式へループするのだろうか。あるいはそのまま未来へ進めるのだろうか。三つ目の可能性が少なからずあるのならば、私はやり直そう。私の高育ここでの高校生活を。そう心に決めて、門をくぐり抜けた。


 私にとっては勝手知ったる校舎に入り、念の為クラス分けを確認してから教室に入った。残念なことに、私が振り分けられたのはDクラスだ。落ちこぼれクラスの一員である。頭のデキはそこまで悪くないが、前回の時間軸では恋に現を抜かし勉強にはほとんど手を付けていなかった。テスト週間すら身に入らなかったほどだ。
 何故か無性に懐かしく感じる教室を見回していると、後ろの席に彼が手をかけた。

「同じクラスだな。その、よろしく」

 綾小路清隆、そいつは私がつい先日まで大好きだった人であり、私を切り捨てて退学に追いやった人であり、底知れない実力を持つ謎の多い青年である。私は彼のことを一生許すことが出来ないだろう。そんなやつとついさっき、数秒も至近距離で見つめあっていただなんて思い出しただけでもう既に死にたい。

「話しかけないでっ」

 この頃はほぼぼっちだった彼にしては頑張って声をかけたのであろうそれを私は一刀両断してフンッと顔を逸らした。
 めげずに隣の席の鈴音ちゃんに馴れ馴れしく声をかけているあたり、随分ふてぶてしい奴だ。ちょっとはへこんでくれればいいのに。そうしたら、いい気味だって、嘲笑して、気がすっとするのに……きっとそう。なんだか訳が分からなくなりそうになって私は思わず机に突っ伏した。
 何を泣きそうになっているの、私は。感慨にふけっては駄目よ。懐かしさは感じても、恋しさなんて感じちゃ駄目。綾小路くんを好きだった私は前回の時間軸に置いてきたんだから。綾小路くんなんてもう呼ばない。呼び捨てでいこう。私はもう、今回こそは、綾小路清隆を好きにならない。そして、このクラスに必要とされる生徒になって退学を回避し、無事この学校を卒業する。

「よし」

 抱負を意気込んだところで茶柱先生が入室してきた。いよいよ、実力至上主義の学校生活が始まるのだ。



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