口実にひそむ


 帰りのホームルームが終わるや否や、俺は手早く荷物をまとめて教室をあとにした。向かう先は部室だ。各個人の練習メニューの見直し、データの更新、備品の点検。近づく公式戦に向け、やるべきことはたくさんある。部員が集まる前にできることは済ませておきたい。そういえば赤也が基礎ばかりでつまらないと音を上げていたな、とか実戦的なメニューに切り替えていくべきか、などと考えながら、部室へ向かう足は自然と早くなっていた。部室のドアノブに手をかけ、ガチリと固い感触を確かめたところで、そういえば部室の鍵をもらっていないことを思い出した。ということは俺が一番乗りか。特に明確化されているわけではないが、部室の鍵を開けるのは最初に来た人というルールになっていた。ふ、と短く息を吐き、踵を返して職員室へ向かうことにした。
 職員室まで行くと、見慣れた天然パーマの頭が見えた。「赤也」と反射的に声を掛ける。赤也は俺の呼び掛けにぱっと振り向き、人懐っこい笑みを浮かべた。その手にはひとクラス分のノートが抱えられている。

「柳先輩! お疲れ様っす!」
「ノートの提出か?」
「そうなんすよぉ。ホントは昼休みにやるはずだったんすけど、俺、忘れちゃってて。めっちゃ怒られたっす」
「はは、災難だったな」

 真田副部長には内緒にしてくださいよ? と赤也はいたずらっぽい表情でこちらを見た。それはどうかな、と返すと顔をしかめていた。

「柳先輩はなんで職員室に? 鍵っすか?」
「ああ。今日は俺が一番乗りだったからな」

 そう言いながら、職員室の扉をノックする。失礼します、と声を掛けながら扉を開け、赤也に先に入るよう手を差し出した。助かるっす、とぺこりと頭を下げ、赤也は教科担任のところへ向かっていく。それを見届けながら、俺も近くにいた先生に部室の鍵をもらえるかを頼んだ。鍵をもらい、職員室をあとにする。ほぼ同時くらいに赤也も職員室から出てきた。
 そのまま一緒に部室へ向かおうか、と誘おうとしたが、赤也はカバンも持たず手ぶらだった。きっと教室からノートだけを抱えてやって来たのだろう。じゃあまたあとで、と言いかけたと同時に赤也もそういや、と口を開く。お互いにあっとなり、笑いがこぼれる。先にどうぞ、と発言を譲った。

「こないだ柳センパイが言ってた北階段の噂、確かめてみたんすよ」
「北階段の、噂……」
「ほら、踊り場の鏡とじゃんけんする、みたいなやつ」

 そう言いながら赤也はじゃんけんする仕草を見せた。そういえばそんな話を、ずいぶんと前にしたなと思い出す。話題に出されるまで話したことも忘れていたが、赤也はこちらの様子は気にも留めず、話し続ける。

「実は数日前からそれ、試してて。今日も昼休みにやってたんすよ。それでノート提出を忘れちゃった、というか」

 なぜ赤也が突然この話に触れた意図が見えてきた。つまり、俺が話したことを律儀に検証していたから、ノート提出を忘れたのは自分だけの責任ではない、とでも言いたいのだろう。どうやらいつの間にか片棒を担がされたようだな、と気づき、赤也が求めているであろう言葉を伝えた。

「わかった、弦一郎には言わないでおこう」
「えっ!? あ、いや……そういうつもりじゃなかったんすけど……まあいいや、そういうことで!」

 そう言いながら、赤也は自分の教室の方へ走っていった。その姿を見送ながら、頭を部活モードへと切り替える。部活の前に済ませておきたいリストを頭の中で整理する。やることは山積みだ、今日も気を引き締めて頑張ろう。そう決意して、俺は部室へ向かって歩き出した。


top