うしろの席のきみ


 朝教室に来ると、昨日までなかったはずの机が俺の後ろにあった。窓際一番後ろの席が俺の特等席だったはずなのに、ともしかしたら席を間違ったのかもしれないと前から数えてみる――が、前から5番目、一番後ろだったはずの俺の席の後ろには、確かに机が一つ増えていた。
 そういえば、玄関でも廊下でも、空気が妙にざわついていたことを思い出す。教室に入るとそれは顕著で、よく聞かなくても噂話は勝手に耳に入ってくる。
 うちのクラスに転校生が来る――と。

「なー、財前」
「……なんやねん」
「転校生、男と女の子、どっちやと思う?」
「そんなん、そのうちわかるやろ」
「もー、財前きゅんは冷めてんなー」

 考えるのが楽しいんやろ、とうっとり顔で話すクラスメイトには目もくれず、クラスの喧騒をかき消すようにウォークマンのボリュームを上げる。男か女かなんてどうでもいいし、それ以前に転校生が来るからなんなんだ、とも思う。いい加減変わり映えのない日々にも飽き飽きしているが、だからといって転校生ごときで大騒ぎするほどの熱量もない。浮かれたクラスメイトたちを横目に、アホか、と呆れる。音楽に意識を集中させようと目を閉じたとき、俺に話しかけてきた浮かれポンチ男か俺の肩を揺さぶり、ウォークマンごとヘッドホンをむしり取った。

「おい財前! 寝んなや!」
「ちょ、やめろや……つかうっさいなあ、なんなん?」
「俺と! まだ見ぬ転校生について語り合わへん……? ってさっきから誘ってるやないか! それなのに財前……お前ってやつは!」
「しゃーないやろ、興味ないねん、そういうの」
「はあ? マジで言ってん? まあ、興味あろうとなかろうと俺の話は聞いてもらうで。……はあ、どんな子なんやろ。美人さんやったら嬉しいなあ」

 棘のある言葉を返してもこのアホ男には聞こえてないのか、まだ見ぬ転校生に思いを馳せてはまたうっとり顔に戻る。こっちはこれっぽっちもそんな気はないのに、自分勝手なやつだ、と思う。それに、そもそも男か女かすらもわからないのに勝手に美人設定で話が進んでいるのも、こいつがアホな何よりの証拠だ。
 アホ男がぐだぐだ喋っているのを聞いているうちに(ほぼ聞き流していたが)始業を告げるチャイムが鳴った。ざわめき立っていたやつらがぞろぞろと席に戻り始め、アホ男も名残惜しそうに自分の席に戻っていった。ただ全員が席に着いてもクラスのざわつきが収まるはずもなく、しばらくひそひそと話し合う声は聞こえていた。
 教室のドアが開く音がし、クラスのざわめきは一瞬でぴたりと止む。だっさい芋ジャー姿の担任が入ってきて、しんと静まり返った教室の空気に「なんや、今日はえらい静かやな」と言いながら教壇に立った。そのときを待っていたかのように、クラスのお調子者が口を開く。

「せんせー、今日転校生が来るって本当なんすか?」
「せやで、よう知っとるな。ま、そういうことや」

 そう言って担任は入り口に向かって手招きをした。ガラガラ、と小さな音を立ててドアが開く。その隙間からひょこっと顔を出した転校生に「女の子や!」と歓声が上がる。転校生はびっくりした様子で一瞬固まったが、そのまま教室に足を踏み入れて担任の隣に立った。「自己紹介したってな」と促され、はにかみながら転校生は喋り始めた。

「七草すみれです。よろしくお願いします」

 大阪訛りのない、テレビとかでよく聞く言葉。少なくともこの近辺から来たわけではないことはすぐにわかった。
 転校生は挨拶を終えるとぺこり、と頭を下げた。さらりとした黒髪が揺れる。色白の肌に大きくてぱっちりとした目、きっと世間一般で言う��かわいい�≠ノ分類される子だろう。きっとあのアホ男はさぞかし喜んでいるだろうと視線をやると、案の定転校生に釘付けで小さくガッツポーズをしていた。

「七草さんは東京から来たんや、みんな仲良うしてな」

 東京、というワードにクラスはわっとなる。大阪もじゅうぶんすぎるほど大都会だと思うが、やっぱり日本の中心である東京に憧れを抱いている人も少なくはない。東京だって、すごいわ、とこそこそ話す声が聞こえた。
 転校生の七草さんの席は、朝一つ増えていた例の席だった。一番後ろ、という俺の特等席を横取りされた気分だったが、場所的には変わらないからと自分に言い聞かせた。
 担任に机の場所を教えられ、転校生は席に着く。背中をとんとん、とされて振り返ると転校生は小さな声で「よろしくね」と笑った。さっき前で自己紹介していたときは、東京から来たわりには地味な髪色だし垢抜けてないな、と思っていたが、笑うとふわりと可憐でかわいらしい。と、そこまで考えて、自分にしては珍しく変なことを考えているな、と気づいて驚いた。
 どーも、と無愛想な返事をして前に向き直る。興味ないからとはいえ、少し無愛想すぎたか。知らない土地で知らない人とのファーストコンタクトでこんなあしらわれ方をしたら、ちょっと傷つくかもな、と脳内反省会をした。ごめん、転校生、と心の中で謝りながら、また彼女のことを考えている自分に気づいて恥ずかしくなった。なんだか頬が熱い気がして手をやると、熱でもあるのかというくらい火照っていた。マジか。
 その後のことはよく覚えていなくて、転校生のことばかりを考えている自分に気づいては考えを振り払う、を繰り返していたと思う。休み時間のたびに転校生の周りには人だかりができていて、それに便乗しようとやってくるアホ男の相手をしていた。午前中はうまく乗り切ったのに、昼休みにあのアホ男が「なんや財前、上の空やな」なんて指摘してくるから、それがなんだかあまりにも恥ずかしくて、午後の授業は全部サボってしまった。我ながら情けない、と思った。


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