きみと歩く帰り道
放課後になった。部活にはとりあえず出ておこうと思って参加したけど、部活もなんだか身が入らなくて、白石部長や師範には心配されるし、謙也さんはからかってくるし、挙句の果てに金ちゃんにまで風邪引いたんか、とまで言われて散々だった。でも小春先輩だけはやたら目敏かった。
「光のクラス、転校生が来たんやってね」
「……はあ、よう知ってますね」
「アタシの情報網をナメたらあかんで。まあユウくんからきいたんやけどな」
そう言ってニコニコ笑う小春先輩の後ろから、ものすごい勢いでこっちに向かって走ってくるユウジ先輩が見えた。けど黙っていた。そのままユウジ先輩が勢いよく小春先輩に抱きつき、「小春ぅ! 呼んだやろ?」とベタベタに甘ったるい声で尋ねる。
「んもぅ、ユウくん。アタシ、今光とお喋りしとんねん。邪魔せんといてもらえる?」
ユウジ先輩の甘々のでろでろに溶けてた顔がみるみるうちに無表情になり、キッとこっちを向いて怒鳴り倒す。
「コラー! 財前! 俺の小春をたぶらかすなや!」
「何言うてますの。小春先輩の方から話しかけてきたんすよ」
「せやでユウくん。だから今日は大目に見たってな。今日の光がなんかヘンなの、ユウくんも知っとるやろ?」
せやから頼むわ、と小春先輩がたしなめると、ユウジ先輩はこっちを睨みながらもすごすごと帰っていった。ユウジ先輩が見えなくなったのを確認して、小春先輩はまた話し始めた。
「ユウくん、あれでも光のことを気にしとったんや。堪忍してな」
「はあ……まあええですわ」
小春先輩しか見えてなさそうなトンチンカンなユウジ先輩にも気づかれていたとは。まあ、あのニブちんの金ちゃんにまで心配されるほどだから、相当変だったという自覚はある。
「で、本題に戻りまひょか」
「本題、といいますと」
「光の悩みのタネについてや。おおかた、転校生に関係することやろ?」
��転校生�≠ニいうワードに、う、と言葉に詰まる。些細な変化(だと自分では思っていた)が小春先輩には全てお見通しのようで、「ビンゴやな」とにっこり笑った。いっそ洗いざらい白状してしまえたら、と思ったが、昼間の自分の醜態を思い出して顔が熱くなった。
「フフ、光、それはきっと��恋�≠竄ナ」
「……はぁ!?」
驚きすぎて思わず大きい声が出た。俺の大声にコート中の視線が集まる。慌てて、小声でもごもごと「んなわけないっすわ」と言い訳をするが、小春先輩は指を振って続けて喋る。
「いーや、絶対、恋や。だってな、今日一日の光、顔真っ赤にして照れてたり上の空やったり、まさに恋するオトコノコって感じやったし」
白状もなにも、全部知っていた。この先輩、心配してるフリして全部わかってた。見てたんか! と思わず大声が出た。
「つーか見んなや!」
「見てたのはアタシやなくて、ユウくんや」
「は、はぁ!? なんやそれ……絶対とっちめたる」
怒りに震える俺の肩を抱いて、小春先輩がそっと囁いた。
「でも安心しいや。恋なんて、みんな通る道や。恥ずかしくなんてあらへんで」
「いや、そんなんやないですし……今日来たばかりの人にそんな感情、抱かないっすわ」
「嫌やわ、光。一目惚れって言葉、あるやないの」
そう言ってニヤリ、と笑う小春先輩。一目惚れ、なんて――そんなばかな。
「てか! 近づかんといてもらえます!?」
肩に乗った手を振り払って、小春先輩から距離をとる。小春先輩は「もう、光ったらいけずやね」と言いながらも、いつものように懲りずにくっついてくるわけでもなく、穏やかな表情をしていた。恋、恋、恋――頭の中でその言葉がぐるぐると回り続ける。――目眩がした。
「今日はもう帰ったらええよ。蔵リンにはアタシから言うとくし」
そう言うと、小春先輩はコートで打ち合いをしていた白石部長のところへ駆けていった。「光、やっぱり調子悪いみたいやわ。今日はもう帰らせた方がええかもね」と伝え、二言三言交わすと、こっちに向けてOKサインを出す。身体的にはまだまだテニスはできるが、ここは素直に帰ろうと思った。白石部長に会釈だけして、部室の方へきびすを返す。
部室に向かう途中で、ランニングから帰ってきた金ちゃんと鉢合わせした。
「あれ、財前、もう帰るん?」
「ん、まあ」
「具合悪いんか? 風邪のときはタコヤキ食べるとええで!」
そう言い残して金ちゃんは走っていった。タコヤキって、風邪んときそれ食べて元気になるのは金ちゃんだけやろ、と心の中で突っ込んで、部室へ戻った。
着替えて、荷物をまとめて、部室を出る。外からはボールの跳ねる音や掛け声が聞こえてくる。俺がいなくても、まあ当たり前に練習は進んでいくわけで、なんだか置いてけぼりな気分になり少し切なくなった。部活に出たい気持ちもあるが、この浮ついた心持ちではきっとみんなに心配をかけてしまうし、小春先輩の計らいも無駄になってしまう。賑やかな声を背にして俺は玄関へ向かった。
玄関で佇む女子に見覚えがあった。地味な髪色、着慣れてなさそうな制服。数時間前まで一緒の教室にいた、転校生。転校生はスマホの画面とにらめっこしながら険しい表情を浮かべていて、こちらには気付いていない。思わず下駄箱の陰に身を隠してしまった。このまま気付かれずに帰りたいけれど、転校生のそばを通らないと靴が取り出せない。どうしようかとおろおろして、とりあえず引き返そうとしたとき、ラケバが傘立てに引っかかってがしゃん、と大きな音が響いた。その音に驚いた転校生がこちらを見る。目が合って――もう、どうにでもなれ。
「ども、」
自分でも情けないほど、声が震えていた。引きつった笑みを、挙動不審さをかき消すように、勢いで続けた。
「七草、さんやっけ。なんで、こないなとこにおるん?」
「えと、さっきまで先生に呼ばれてて……今帰るとこ」
「へえ、そうなんや」
会話を続けながら靴を取り出して履き替える。そのまま出ていこうかと思ってふと転校生に目を向けると、転校生はスマホをぎゅっと握ったまま、困ったような顔をしていて、思わず話しかける。
「なんか困っとる? スマホ、ずっと見とったけど」
「え? え、えと……」
転校生は驚いたような表情でこちらを見た。そしてスマホに視線を落とし、また俺を見る。考え込むように視線を泳がせて、ぽつぽつと話す。
「その、駅……行き方わからなくて。私、地図とか苦手で、アプリ見てもさっぱりで……その、」
「じゃあ、駅まで送ったるわ。俺、方向同じやし」
思わず口をついて出た言葉に自分でも驚く。しかもいくら道がわからないとはいえ、今日初めて会った人なのに道案内を申し出るなんて図々しくはないか、と考えたが、そんな俺とは裏腹に転校生の表情はぱっと明るくなった。
「本当? 嬉しい。じゃあお願いしてもいい?」
「ん。じゃ、行こか」
取り留めもない話をしながら、二人で駅へ向かう。思わぬ展開だけど気分は悪くない。「本当に困ってたから助かっちゃった」と笑う転校生はやっぱりかわいい、と思った。
駅が見えてくると、転校生はさらに目を輝かせて駅までたどり着けたことを喜んでいた。
「ここまで来れば大丈夫やろ」
「うん、もう大丈夫! 本当にありがとう」
「そんならよかった。じゃ、また明日な」
「あ……待って!」
そう言ってきびすを返す俺を、転校生が呼び止めた。振り向くと、転校生は照れたような、困ったような、複雑な顔をしている。
「えっ……と、その、道案内もだけど、困ってたの気づいてくれてありがとう。嬉しかった」
「そんなんいーって。困っとるやついたら助けるのは普通やろ?」
「そ、そう……? うん、だからね」
「うん」
「……な、名前! 名前教えて!」
名前、と言われてぽかんとする。名前、名前――そういえば教えてなかったっけ。
「あ! 同じクラスだってのはわかるの! 私の名前、知ってたから……だから、その、」
「財前」
「え?」
「だから、財前。財前光」
「ざいぜん、くん」
確かめるように俺の名前を呟き、転校生は嬉しそうに笑った。その笑顔につられて、思わず頬が緩む。
「財前くん、今日は本当にありがとう。じゃあまた、」
「また明日な、七草さん」
「うん。また、明日」
転校生はぺこりとお辞儀をして、そのまま改札を抜けていった。
人混みに紛れ、転校生の姿が見えなくなると、張り詰めた緊張の糸が一気に切れる。ふう、とため息をひとつついて、そばにあった柱にもたれかかった。今日一日、いろいろなことがありすぎて疲れた。けど、不思議と心地良さも感じていた。
恋――小春先輩に言われたときは、そんなわけないと思っていた。まさか自分が、そんな不確かであやふやなものに翻弄されるとは想像してもいなかった。でも改めて転校生に会って、話して、一緒に過ごして感じた、この胸の高鳴りとあたたかさは確かにそこにあった。
「一目惚れ、って本当にあるんやなぁ」
ぽつり、呟く。
そう、きっと、これは恋なんだ。
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