夢か現か


「なあ、ちょっと購買行こーぜ」

 昼休みも半ば終わりかけの時間、丸井がそう提案してきた。
 さっき目の前ででかめの弁当をあっという間に平らげ、食後のデザートとか言ってお菓子を食べていたはずなのに、こいつの胃袋はどうなってるんだ。おまんの胃袋は宇宙か、そう突っ込もうとしたとき、何かを察したのか丸井が口を開く。

「あ、いやさすがに今食う用じゃねえって。部活後のために決まってんだろ」

 丸井がそう言うと同時に、俺が飲んでいた紙パックのジュースが空になったことを知らせる音が鳴った。タイミングいいじゃん、と丸井がにやりとする。行く、なんて一言も言ってないのに、丸井は俺の手を強引に引っ張り、行こうぜと楽しげに笑った。
 他愛ない会話をしながらだらだらと廊下を歩く。昼の混雑ピークはもうとっくに過ぎていたから、購買へ続く廊下も人がまばらだ。
 ふと人波の中に、見慣れたわかめ頭が見えた気がして、思わず足を止めた。急に立ち止まった俺に丸井もつられて足を止め、こっちを見た。

「どうした?」
「あ、いや今、」

 赤也がいた気がした、と人波を指さす。しかし、その方向にはもうそれらしき人物はいなかった。なんでもない、とその場を終わらせて俺たちは購買へ向かった。
 混雑のピークは過ぎたとは言え、丸井のような生徒もいるのだろう、購買はそこそこ人で賑わっていた。丸井は残っているパンとお小遣いを交互に見比べ、真剣な表情で品定めしている。俺は飲み物を買うため、丸井に一言声をかけて少し離れた自販機のところへ向かった。
 自販機にもちらほらと人が集っていた。その中に、さっき見かけたわかめ頭を見つける。やはりさっきの人波の中に赤也はいたのだ。せっかくだから驚かせてやろう、とにやりと笑う。仁王雅治のイリュージョンじゃ、よう見ときんしゃい。
 こっそりと音を立てずに赤也に近づき、肩に手をかけ名前を呼ぶ。赤也は一瞬肩をぴくりと震わせたが、こっちを見ようともせずにじっと自販機の方を向き続けている。妙に静かだと思ったら、自販機の周りにいた人がいつの間にかいなくなってて、俺と赤也だけになっていた。「赤也?」もう一度呼びかけるが赤也の反応はない。身動きひとつせず、俺に背を向け続ける赤也――本当にこいつは赤也なのか?

「おーい、におー」

 突如後ろから降りかかった声に驚き、振り向いた。そこには大量のパンを抱えた丸井の姿があった。丸井の姿を見た瞬間、テレビのボリュームを上げたかのように、ざわめきがじわじわと戻ってくる。まるで夢から現実に戻ったような感覚。さっきの出来事はいったい――。
 丸井が俺の手元を見て、「なんだ、まだジュース買ってないのかよ」と呟く。早く買って戻ろうぜ、と丸井が俺に背を向けた。さっきの赤也の態度といい、妙な気味悪さがあった。

「なあ、ちょっと聞いてくれんか……?」

 丸井にさっきのことをぽつぽつと話すと、丸井は怪訝な顔をして「はあ? 何言ってんの?」と首を傾げる。

「お前、さっきからずっとひとりだったじゃん」

 赤也どころか人なんていねーし、と丸井が俺の背後を指さす。恐る恐る、振り返る。さっきまで赤也がいたはずの場所には誰もいない。ただ、自販機だけがやけに煌々としていた。


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