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青年の名前は月森葵。昔はここにいたけれど、外の世界を見て回って、最近帰ってきたのだという。ぼくはあまり覚えていなかったけれど、昔からぼくのことを知っていて、話をしたこともあるんだと笑っていた。
教祖さまはあおいくんの帰還を喜び出迎えた。出迎えにはぼくのことも呼んで、いつものように抱きしめて、唇を重ねて、それからあおいくんに「祝福をどうぞ」と言う。それは、みんながぼく越しに誰かに祈る、祝福の儀式。
あおいくんもみんなと同じように、ぼくを抱きしめて、唇を指で撫でて、「祝福を」と呟いた。でも、家族たちのようにどこかぼくの後ろ側を見るような目ではなくて。あおいくんは、ずっとぼくを見つめていた。ぼくに、微笑みかけていた。ぱちりと視線が絡まって、何故か、胸の奥がぎゅうと締め付けられるような苦しさと暖かさを覚えて、ぼくは少しだけ泣きそうになった。
それから、あおいくんは頻繁にぼくのところに来て、ぼくに神さまのことを聞いてくるようになった。神さまの話をするのは、とても久しぶりな気がしたけれど、祈るぼくの後ろで、ぼく越しに誰かに祈るのではなくて、隣で一緒に祈ってくれる。それがとても嬉しかった。
あおいくんは、来た時からお母さんやお父さん、教祖さまとよく話をしていた。別の場所に教会を建てたいという話をしているみたいだった。そのためにたくさんの勉強して、学校に入って、今一番成績がいいんですって、すごいわね。とお母さんが嬉しそうに話していた。ここ以外に、この教団の建物ができることは喜ばしいことだとお父さんが笑っていた。ぼくは、教会ができたらあおいくんはもうここにはいなくなってしまうのが寂しいと思ったけれど、それを言うと、きっと夜にあおいくんと祈る時間をなくして、教祖さまのお部屋に行かないといけなくなるだろうから、黙っていた。
ある日、あおいくんに祝福の儀式がどうしてもモヤモヤする。とついこぼしてしまった。教祖さまから受けた神さまの祝福を喜んでいるのはわかるのだけれど、でも、教祖さまには感謝しても、神さまに感謝の祈りを捧げないことが引っかかるのだ、とつい口を滑らせてしまった。
「神様は、そういうところも含めて、赦してくださるんじゃないかな」
めぐるくんが今日人参を残したのを内緒にしてることも、神様は知ってて赦してくださってるよ。あおいくんは少し考えたあと、そう言って笑ってくれた。
2年間。あおいくんと過ごす日々が手放し難くなったころ、別れはやってきた。完成した教会の写真を見せてもらったけれど、あまり頭に入ってこなくて。こうやって夕陽をみながらあおいくんと話すのも、これで最後なのかなあとぼんやり俯いていた。
あおいくんが新しい教会へ行く日。挨拶をしにくると言うあおいくんを待つ教祖さまやお母さん、お父さん、家族たちの元へやってきたのは、警察官だった。
慌ただしくなる建物内、ぼくはいつも優しい人達が聞いたことのないような怒号をあげて、愛も、赦しもなく、ただ目の前の警察官に掴みかかり、抑えられてもなお暴れていることがどうしようもなく怖くて、駆け出した。建物の奥へ、奥へ。喧騒が届かないところなんてわからなくて、ただ走って、辿り着いたのは中庭だった。
昔、小さな子供だったころも、家族のみんなに囲まれるのが煩わしかったときに逃げ込んでいた花畑。あおいくんと話す時にいつも見渡しているその中心で花に隠れるように座り込んで、かみさまに祈ったけれど、背後でガラスが割れる音、悲鳴、怒声、そんなものが響いていては、集中なんてできなくて。
ああ、かみさまは、どれだけ祈っても、全部を助けてくれるなんてことはないんだ。急にそう気付いたけれど、それでも家族は助けて欲しくて。でも、喧騒は止まなくて。ぼくからはただ訳もわからず口をついて出るごめんなさいと、ぼろぼろと涙がこぼれるだけで。
「めぐるくん」
怒号に慣れてしまった耳に不意に差し込まれた穏やかな声に顔をあげる。その人は、初めてあった時と同じようにゆるやかに微笑んでいた。その背後に揺らめいていたのは紛れもない炎で。「大丈夫?」なんて、のんびり言うものだから、幻でもみているのかと思うのだけど、確かに肌は熱を感じていて。
「大変なことになってるね、行こう」
ぼくの目に映るそれが現実だと肯定しながら、離れようと言いながら手を差し伸べてくるあおいくんの顔はそれでもなお穏やかで。あまりの穏やかさに絶えず聞こえていた喧騒が遠くへ行ってしまって。
ようやく教会ができたという話を聞いたあの日。寂しいならいつでもおいでとそう言ってくれたあの日の夕暮れが重なって。その時、ぼくの頭を撫でた誰よりも優しい暖かさに救いを求めて、縋るようにあおいくんの手を取った。
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