ランサーさんは人情が厚く、誠実な男性だ。自身をぞんざいに扱うような人間にも、至って普通に笑いかけ、軽口を叩く。そういった兄貴分のような性格の良さは、彼の周囲の人物はもちろん、恋愛感情を過去に忘れてきたような私でさえ惹きつけてしまうのだ。
 私の隣に、とは恐れ多くて思慕することさえ憚られるので、せめて近くにいてほしいと思っていた。――しかし、彼はそれを快く思っていないらしい。
 夕食を終え、食卓を片付けかけていると、居候は妙に落ち着いた声色で私に呼びかけてきた。

「オレってそんな信用ねえ?」
「……へ?」

 文脈からして夕食のメニューに対する彼の感想のことかと思ったが、会話内容と表情や声質の真面目加減に慌てて思考をかきかえた。下げかけていた食器を食卓に戻し、立って聞く話ではないと思ったので再び席についた。ランサーさんは依然として私を見つめている。いつもと変わりない赤い瞳だが、私は責め立てるような鋭さを感じてしまう。

「オレは回りくどいのが苦手だから言うぞ。――お前、オレに一線引いてるだろ」

 彼は妙に鋭い。それゆえにわかられてはいけない部分を見透かされ、指摘される。私自身嘘は下手なので、人の指摘をかわしたりすることは出来ない。彼の目には、今の私は事実を隠そうと必死に考えているのが丸わかりだろう。

「その様子じゃあ図星か。別にそれを攻めるつもりはねえから変に振る舞うなよ。お前が嘘吐いたってオレにはわかるからな」

 一向に口を開こうとしない私を見て、僅かにあった緊張感を緩めるよう彼は笑った。私が正直者であるのを知っているので、普段変に口を出しても本心じゃねえだろ、と軽くデコピンされる。取り繕うような言葉はランサーさんの前では無駄でしかないのだ。
 だから。

「……あなたの近くにいるだけでいいのに、隣で見守っていたいという貪欲なところを知られたくないから、なんです。ほんと、ごめんなさい子供みたいなこと言って」

 本心を言わざるを得ない。
 子供っぽい言い草に彼は愛想を尽かしてしまうのではないか、と心配した。彼の性格上、重い付き合いは苦手ではないだろうか、とも思った。最悪、交際をやめればいつも通り太陽のような笑顔を見せてくれるかもしれない。浮かんでくるのは良くないことばかりで目眩がしそうだ。

「そういうのはな、でっけえ声で言うもんだろ。愛する奴なら、なおさら」
「!」
「お前のそういうとこも好きだから、オレはここにいんだよ」

 ぶわわ、と胸の内を熱い何かが満たしていくのがわかった。少しずつ上っていく体温に驚くことしか出来ず、感極まって涙が流れていく。取り乱したのでランサーも驚いたのか席を立ち、私の隣にしゃがみ目元へ手を伸ばした。顔が熱いからか、実際指が冷たいからか、もしくは両者であるからかはわからないが、涙を拭った指先はひんやりとしている。

「お前が思ってることも全部、オレなら受け止めてやれる。だから、そうやって泣いて怒って笑って伝えてくれ」

 言葉通りに全てを受け止めてしまいそうなのが彼だ。少しでも重みを減らさなければ、いつかは押し潰されてしまうかもしれない。しかし、べったり甘えてしまう私はそんなこと気にせず明日にでも彼を縛ってしまうのだろう。
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