揺らめく炎が一層強く燃え上がる。その地を埋め尽くす焔はなまえらのもとへ近づきつつある。
「ありがとう、キャスター」
ケルトのドルイドは自身のマスターを身を挺して守り、光の粒子となって消えた。カルデアへと帰還していくだけであるので、彼女は特に気にしている様ではない。親の言うことに従う子供のように、ただ熱風に攫われた金を見ていた。
「っ、どうしてこんなに苦戦してるわけ!?」
ごう、と頭の横から吹き付けられた炎にはっとしてなまえは振り返った。彼女がキャスターのクー・フーリンが消え行くさまを眺めている内に敵が迫っていたらしく、炎が撫でた跡を見ると骸骨兵の残骸が残っていた。
「ジャンヌ、ごめん」
「ふん、戦場でぼーっとしてんじゃないわよ。なによアンタ、死にたいわけ?」
背後からなまえの前に躍り出たのは、アヴェンジャーのジャンヌ・ダルク・オルタであった。
勇ましい戦士の登場になまえは心が踊ったが、その戦士の言葉に背筋が凍った。――図星であるのだ、なまえに投げ掛けられた「死にたいのか」という言葉は。
「それにしても、っ、魔力の減りが激しいわ。供給源を絶たれているような感じね」
「カルデアの供給ラインから外れちゃってるのかも。連絡とってみるね」
炎を繰り出すたびに体が虚脱感に飲まれていく感覚。そうそう体感することのない状態に陥り、アヴェンジャーは口数が少なくなっていた。普段から会話にアイロニーを織り交ぜてはいるものの、なまえへの忠誠心はあるらしく彼女なりに気に掛けてもいる。それは、自身が初期に召喚されたサーヴァントでありなまえに信頼している、と日頃から体現されているからなのだ。
「……通じない。通信も切れてるみたい」
「はぁ!? なんなのよほんとっ! こっちは魔力切れかけてて大変だってのに!」
「怒らないでジャンヌ、消費激しくなっちゃう」
「怒らないでいられないわ!」と漆黒の剣を地に突き刺す。その瞬間、割れたアスファルトの間から炎が巻き起こり、建物へと吹き付けていった。
怒りをあらわにしているアヴェンジャーを宥め、あたりを見渡す。四方は炎に囲まれており、最期のときを覚悟しなければならないのも時間の問題だ。いざ直面してみると恐怖心が勝るのだが、ここまで来てしまってはもうどうしようもない。あとは目の前のサーヴァントがカルデアへ戻るのを待つだけ。自分は構わない、と気高く戦い続けるアヴェンジャーの背を見つめる。名の通った英霊である彼女にそのような意思を伝えてしまえば、この場での勝利を捨てて無理矢理にでも仲間の待つカルデアへと帰されるのだとわかっているのだ。だからなまえは涙を滲ませたまま、名残惜しげに自身のパートナーの勇姿を見届けようと拳を握る。生と死の間を漂う、不確定で脆弱な存在になってしまったかのように。
なまえは自身が世界を救う救世主だとも、特別な存在であるとも、全くは思っていない。それどころか、特別ではなくごく一般的な何もできない人間の一人だ。自身の行いを誰かが褒め称えるたび、必要とされる喜びを押し殺しなまえはただ自分を責め続けた。――『本来、ここは私がいる場所でない』と。魔力も戦脳など微塵もない。ただの欠陥のある代替品でしかない自分。導かれるまま、必要だと謳われるままに乗り越えてきた障害は数知れない。本当に必要とされているのかと疑問に思ったことは多々ある。しかし、今までゆっくり考える暇もなく、騙し騙しで駆け抜けることしかできなかった。だから、なまえより優秀であったマスターたちの存在を知った頃には、彼女は立ち直ることなどできなくなっていた。比べることさえ馬鹿馬鹿しくなるような存在に味わったのは、圧倒的な敗北感のみであった。
「…ほんとふざけんじゃないわよ」
「ジャンヌ?」
「あんたも、私も」
何に対してだ、と問おうと口を開いたのだが、目の前に突如突き出された剣に息が詰まった。なまえを真っ直ぐにとらえる瞳は揺らめく炎を映しながらも冷ややかだ。
「誰が手放してなんて、やるもんですか」
その言葉を聞き、なまえは気づいた。――彼女は自分の本心を知っている、と。そうわかる否や、静かに燃える瞳から少しでも離れようと後退った。彼女はすっかり怯えきった表情だ。
「私は、もう嫌なの。あそこには、帰らない」
うわ言のように繰り返し、後退る。なまえが一歩下がる度、アヴェンジャーは剣を突きつけたまま同じ様にするのでそうせざるを得ないのである。
「私なんて代用品だから、あそこで必要とされてない。替えのきく子、いらない子、だから」
目の前の復讐の焔から、逃げられない。既に辺りは火の海。――まるで地獄絵図だ。赤赤と何らかの野獣のように揺らめき、万物を蹂躙する炎に退路も進路も阻まれ、なまえはもう身動きが取れない。
「……ばっかじゃないの」
カラン、と金属音がしたかと思えば、燃え盛る都市を背景にアヴェンジャーは泣き崩れた。
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