怪人・爽やか男前、とは生徒会副会長を務めるクラスメイトの呼び名である(私の中で)。年齢特有のしつこさがなく、まるで清涼飲料水のような爽やかさ。人が嫌がるようなことも進んでやる、加えて顔が男前等を踏まえているので男前。怪人とは変なところで厳しいから。妙にシビアであるのはつい最近発覚したことだった。
「うわ怪人・爽やか男前だ」
「何だい、その反応。それに、褒めてるのか貶してるのかわからないよ」
「褒めてる褒めてる、1対2の割合で」
懇切失礼な挨拶へのさらっとした反応に無駄口を叩いてしまうあたり、他人の扱いのうまさを感じる。
しかし、まずい。この怪人は私の顔を見るなり、探していた人物が見つかった、とばかりに駆け寄ってきたわけだ。わりとやんちゃやってるからかこういった勘は働く。9割5分という脅威の割合で。
「みょうじさん、昨日の日誌に落書きしてたでしょ」
「……あの先公チクりやがったな」
「こら、女の子が先公なんて言わない」
「……怪人ファンの女子なら喜ぶかもだけど、私は喜べないわー」
サエに叱られちゃった〜、ときゃぴきゃぴする自分を除いた女子の想像は簡単だ。だが、この男は苦手ゆえ私はきゃぴつくことができない。
私がこの男を苦手とする理由は、話せば長くなる。
意外かもしれないが、私は美術部に所属していた。絵を描くのは元々嫌いではなかったのだが、仲の良い人間が入るからという理由の方が大きい。それなりに賞を取ったりして、有意義に過ごしていた。
今年の夏休み、中学最後の展覧会に出品する作品の製作をしていたときのことだ。ちょうどその時期によくあるスランプ状態になってしまい、筆を動かす手をすっかり止めてしまっていた。当然、今までの集大成なので力を入れなければならず、焦りから体調を崩してしまったのだ。2日休んで部室を訪れると、自分以外の作品は完成していた。部員それぞれの個性が生きた作品の中、半分も終わっていない自分の絵を見て、絶望した。顧問にも、見放されていたのだろう。私には見向きもせず、作品の鑑賞会をしていた。――私は逃げた。美術室から、弾かれたかのように。ただ、息が苦しかった。どうしていいかも自分ではわからなかった。展覧会なので期日はある。だが、もうすでに数日まで迫っている。
パニックになり、似合わない涙が溢れてくる。強がりでプライドの高い私は、人前で涙を流すようなことはなかった。ましてや学校で。ここで働いた無駄な自尊心のせいで、このまま帰ってしまおうか、と階段を駆け下りた際ぶつかったのが佐伯虎次郎だった。もちろんぶつかったのは私からなので謝らなければならなかったが、泣いていたせいでそれどころではなかった。相手も相手で、突進してきた人間が泣いているので怪我をしたのではないかと心配した。そこで私がクラスメイトだと気がついて、さらに驚かれた。それもそうだろう。泣き言ひとつ言わないような人間が、強情で自尊心の高い人間が、泣いているのだから。部活のことに追い討ちを掛けるかのように大丈夫か、と肩に手を置かれ、弱い自分を見られたことの羞恥心とショックが押し寄せてきた。当時は本当に死のうかと思った。
なぜかそのまま引き止められ、泣き止むまで離れなかった。泣き止み次第、どう言い包めようかと思索していたが、その人物の甘い一言に素直に頷いてしまった。――怪我はないみたいだけど、困ってるなら相談に乗るよ?
人は生きているうちに必ず過ちを犯す。私のその過ちの一つが、怪人にすべてを打ち明けてしまったことだ……!!
「……思い出したんだけど、あんたって結構無神経なとこあるよね」
「いつの話? 俺、さっきから失礼なことばかり言われてる気がするんだけどなあ」
『中途半端にしちゃうくらいならやらない方がいいと思うなあ』
その瞬間、涙は引っ込み、間逆の感情、怒りが顔を覗かせた。こうやんちゃをしていたりするが、私は行事事に関しては真面目に対峙してきていた。昨年文化祭の実行委員を押し付けられた際には、嫌だ嫌だとは言いつつもしっかり任務を完遂していた。なんせ、やるのなら最後までやり遂げるを密かにモットーにしていたからである。だから、佐伯の言葉にはムカついたし、失望もした。テニス部の副キャプテンであろう人間がなんということを言うのだ、とかそんなニュアンスのことを吐き捨てた気がする。常に人の中心だとか上位に存在する人間の言うことでないのは確かであった。
赤いユニフォームの中心、つまり腹部に拳をお見舞いした後帰宅。散々泣いて、寝てを繰り返し、その翌日は部活が始まるより早く登校し一人活動を始めた。完成した部員は午前で帰っていくが、私は昼食もろくに食べず制作に没頭していた。スランプなどなくなってしまったとばかりに、ただひたすらに筆を動かした。私は、自分の意向に逆らうことをしたくなかったのだ。
「作品、できたんだよね。賞、逃しちゃったけど。……そういえば、お礼言ってなかった。――心底認めたくないけど、怪人のおかげだよ。ありがとう」
「へえ、よかったね」
「何さその反応。人の感謝の言葉に無関心なのはよくないでしょ」
「無関心というよりも驚いてるよ。みょうじが素直にお礼言ってくれたこと」
お礼のひとつもできないような人間が人間であるわけないだろうよ、と呆れる私をよそに怪人は続けた。
「あの時はね、みょうじが中途半端に物事進めるの嫌って知ってたから、どう吹っ掛けたらやる気出してくれるかなって」
だってみょうじ、喧嘩っ早いから。
私はその言葉をきいて早速、いたたまれなくなった。
「ホント怪人だよ、あんた」
私のこと知り過ぎじゃない、と引き気味に呟いたのは聞き逃されず、まだ知らないこともあるよ、と笑われてしまった。地獄耳、だ。
「俺はね、もっと知りたいよ、みょうじのこと」
夏休み明け、まだ尾を引いている暑さにじわじわと体力を削られる。いや、暑さだけでなく目の前のクラスメイトが言葉を発する度に疲労が蓄積していく。
持ち前の爽やかな笑顔から目を逸らし、空を仰ぐ。気持ちがいいほどの晴天だ。
なんと言っていようが、本心ではやはり佐伯に感謝している。それをぶっきらぼうにしか口にできないのは自分の質のせいだ。でも、それを直そうとは思わない。集団で浮いてしまうような個性でも、許容する寛大な人物を知っているからだろう。
私が佐伯虎次郎というクラスメイトを嫌うのは、自分が甘えそうになってしまう人物だからだ。
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