冬の寒さがすっかり影を潜め、和やかな気候となった。街の木々は芽吹き、桜は満開である。
親友との再会から二年経つのか、と三和は感傷に浸っていた。ちょうど客はおらず、店番のすべきことも終えた。客がいないから、と店仕舞いをするわけにもいかない。何せ、今世界で人気のカードゲームを取り扱う店だ。品揃えもいいとくるのでこの店を訪れる客も多い。そうなると、店員が暇であろうが忙しかろうが関係などない。彼は一つため息を吐いて、頬杖をついてぼんやりと天井を眺める。
「……ねみ〜」
店内は自分以外おらず、現状に似合わない妙に活気のあるBGMが鳴り響いているだけ。活気があるとはいえども、何時間も同じ曲を聴いて慣れてしまえば眠気を誘う。客がいれば耐える欠伸も、気にすることなく繰り出せてしまう。
流石にだらけ過ぎはよくねえ、と伸びをしたところで来店を知らせる軽快なメロディーを聴いた。伏せに近かった体勢が次の瞬間にはしゃんとしており、三和はいらっしゃい、と元気のよい笑顔を客へ向けた。
「って、みょうじじゃねえか」
「……どーも」
知り合いと確認するや否や、三和は立ち上がりなまえのもとへと歩み寄った。その際に接客はいらない、とキャンセルが入ったが軽くいなして再び笑顔を向ける。
「今日はなんの御用で?」
「弟のパック。新しいの発売だからって頼まれて」
「ああ、ノヴァグラップラーな。よし、ちょっと待ってな」
棚を見遣ったなまえに待つように伝え、三和は新発売のものが陳列されているコーナーへ踏み込む。彼女の弟の目当ては彼が密かに好んでいるクランでもあり、新作が出るときいて気になっていたものだ。
「何パックいるんだ、って……待ってろって言ったよな、オレ」
「場所わかんないから聞こうとしただけだし、一箱」
三和が振り返ると少し裏に辿り着いたなまえと目が合った。
「つれないなあ、お前」
「手間掛けさせようとか思ってないだけ。これ、私の気遣い」
棚から一箱取り出し、レジへ戻る。なまえは気になるものがあったらしく、先程のコーナーの隣を熱心に見ている。会計、と三和は声を掛けたが応答はなかった。
遠目に見たところ彼女の目を奪っているのは、バミューダ△のようだった。時折かわいいなあ、と聞こえるがなまえの無意識のひとり言に違いない。女子の目を引く可愛らしいユニットが多いクラン故にか、なまえも例外でなく心を掴まれたようだ。
「バミューダねえ。いいんじゃねーの、買っちまえば?」
「えっ、遠慮しとく!」
「買っとけって! 売り切れて後悔ってのが一番嫌じゃん」
「う、それはそうだけど……!」
パックと自分とを交互に見るなまえに追い討ちを掛けるように三和が言えば、彼女はすっかり考え込んでしまった。
「デッキならオレが組んでやるからまかせとけって」
三和がトライアルデッキを探そうとしゃがんでカウンター下のダンボールの中を覗いていると、なまえの制止の声を聞き顔を出した。
「デッキは、いいから。一パックだけ買う」
「一パックじゃファイトできねえじゃん、買っちまえって」
「三和君しつこい」
財布を取り出したなまえは会計に立つ三和の胸板にパックを押し付けた。いらないと強い主張を受けてしまえば無理強いをするわけにもいかず、彼も潔く手を引きレジを打ち始めた。代金と引き換えに商品を渡す。
「そこまで言われちゃあ仕方ねえな。まあ、みょうじがそうしたいならそうでいいんだけどな」
「……私、ゲームとかルール覚えられないの」
大げさに肩を落とした三和に、心底面倒げな表情でなまえは弁明をした。
「ルールゥ? んなの簡単だからすぐ覚えれるって!」
「……呆れを通り越した」
ダンボールから見つけたトライアルデッキをなまえに押し付けたところ、三和の胸板へ再び押し戻された。はあ、と深くため息を吐いたなまえは不意に三和の顔を見つめた。
「?」
「……接客は満点、眠そうにしてたの見ちゃったから減点」
「え、見てたのかよ!」
「当然。客が私だけでよかったね、接客中顔死んでたよ」
なまえは悪戯が成功した子供のようににやりと意地の悪い笑みを浮かべた。完璧に取り繕っていたはずだが、と必死に考える三和に、にこにことしながらなまえは続けた。
「バイト中の居眠りはいけないね。――何か眠れないことでも?」
「……櫂を負かそうとデッキ構築。就寝深夜2時を2日続けました」
「うわ」
ないわー、と笑うなまえに三和は項垂れた。いくら冗談っぽく言われたところで、気にかけている異性からの反応がそうであれば誰しも落ち込むだろう。
「――お客さん来たら起こすから」
なまえはくるりと踵を返すと再び商品棚へと向かった。思いもよらぬ言葉に一瞬わけが分からなかったが、三和は自身の頬が緩んでいくのがわかった。自分の背より高い所に手を伸ばすなまえを視界の端に入れ、カウンターへ伏せた。
聴覚が急に覚醒したかのように周囲の賑わいを拾い、三和は慌てて体を起こした。店内は学校帰りの学生や、仕事上がりの大人がそこそこに入っていた。
「おはよ」
「……あー」
私服にバイトエプロンの袖を通したなまえに、三和は自分が職を放棄してしまっていたことを認識した。すっかり眠り込んでいたようで、寝床以外での睡眠で体は痛いものの頭はスッキリしている。
「起こすって言ってたよな」
隣でレジ打ちをしていたであろうなまえに問い掛けたが、額に飛んできたデコピンに肩透かしを食らった。
「お誕生日おめでとう三和タイシ君」
そして、何食わぬ顔で繰り出された祝いの言葉に三和は完全に思考を止めた。目覚めた自分への第一声がそんなものであれば驚かないはずがない。加えて、平凡な一日を過ごしていた三和はすっかり自分の誕生日を忘れていた。
「……あ、オレ誕生日か」
「レジしてて思い出しました」
「サンキューな」
「いえいえ」
嬉しかったがどこか照れくさく、三和は少し居心地が悪かった。人が集まるファイトスペースへ逃げようと立ち上がった彼を引き止めたのはなまえであった。
「そのクラン、好きだったよね」
「……くれんの?」
「もちろん」
三和の手に渡されたのは気になっていたノヴァグラップラーの新作の一箱。なまえの弟のものではないのか、と三和は聞いたが、別に買ったやつ、と聞いて目を輝かせた。
「マジでありがとな。すっげー嬉しい!」
「開封は帰宅してからしてねー」
「やべえ、早く上がりて〜」
やり取りを終えて会計に来た客に対応するなまえから視線を外し、三和は手の中の一箱を見た。これといった主張をした覚えはないが、彼女が自分の好きなものを把握しているということは期待するなと言われても、期待しないわけにはいかないだろう、と僅かな自信が生まれた。
「大学行ってもここでバイト続けてたら、毎年お祝いしてあげる」
「!」
接客を終え、エプロンから腕を抜いたなまえは心底愉快げに言った。
特にこの関係を変えようともしていなかったが、与えられたチャンスを逃すわけにはいかない。気の利いた言葉を考える事は出来ないので来年の今日までに伝える心構えをしておこう、と三和は密かに燃えた。
2018.04.01
三和タイシくん、おめでとうございます
ALICE+