「おい、こら!!やる気あんのか峯ええ!」
「・・・っはい!!!」

監督の体育館に鳴り響く怒号と身体に浴びるボールは鈍い音を立て喜市を襲う。足は重く思うように動けない。腰から下の感覚がなく尻餠を着いたしまった。そんなに喜市に次々ボールが打ちつけられ、怖くて足が竦む。焦りから息が上がり、鈍く痛む下腹部の所為で力が入らず立てない。結局、コーチたちが止めに入るまで身体中にボールを打ち付けられた。
監督の舌打ちとため息に泣きたくなった。使えないって思われたことに。

肩を抱かれ、体育館の隅まで連れてこられた瞬間がくんと膝から崩れ落ちた。見るからに脂汗をかく喜市を不信に思い、コーチの向井はジャージの上着を肩にかけてくれる。

「峯、どうしたんだ?・・・具合でも悪いのか?」
「・・はあ、はあっ、だ、いじょうぶ、です」

心配そうに見下ろす向井は今年赴任した外部コーチの1人だ。バレー部のOBで、一時はプロ選手として活躍したそうだが、怪我を理由に若くして引退。監督に声をかけられコーチとして戻ってきたと初日に自己紹介をしていたのを何となく思い出した。学生時代はキャプテンを務めていたと聞く向井は、厳しいながらも的確なアドバイスも出来て、なおかつスポーツについてまわる怪我のアフターケアも出来る大人気のコーチだ。同じく怪我でマネージャーとして部に残った選手などにテーピング方法や部活終わりのマッサージなども指導しているそうだ。威圧感もなく柔和な性格の向井に喜市もすぐに懐いた。
しかし懐いているからと言って何でも打ち明けられる訳もなく、体調不良の理由も話せないでいた。

「峯、体調管理も選手としての仕事だそ。せっかく努力が認められたのにこのままだと・・・」
「・・・・わかってます」

ポンポンと頭を撫でられ練習に戻る向井に何度も引き止めてあの悪夢のような夜の出来事を話したかった。泣いて縋り付いて助けてほしかった。
レイプされたあの夜から4日経った今もいつまた同じことをされるか分からないからずっとビクビクしている。無理を強いられた身体はまだ節々が痛み思うように動かない。一回だけだと思われたあの恐ろしい行為も古賀の「また」と言う言葉が頭から離れなくて夜も禄に眠れなかった。きつい練習と寝不足、食事も喉を通らず思考もまとまらない。
不安と焦りから涙が出そうになり慌てて向井のジャージを握り締め膝に顔を埋めた。

バレーは辞めたくないが、ここからは逃げ出したい。

喜市は、どうしたらいいのかわからなくなっていた。

結局、その日は練習に参加できないまま終わってしまった。食事もそこそこに自主練もやらず大浴場に向かう。痣だらけの身体を見られるのはなんだか気が引けて時間をずらして利用する為だ。どちらにしても監督やコーチが疏らになる自主練時間に熊谷達と練習する気にはなれないし、今は練習もまともに出来る気もしない。
早々に入浴を済ませ、喜市は部屋に急いだ。




一週間あったGW合宿も最終日。怯えながらも熊谷らに呼び出されることもなく最終日を迎えることが出来たことで、喜市は少しホっとしていた。もしかしたら、あの出来事は夢だったんじゃないかと思い始めていた。流石にそれは極端ではあるが、単に彼らの腹の虫の居所が悪く、運悪くその場にいた自分が理不尽にばっちりを受けただけかも。そんな風に考えるようになった。
もちろん本来あってはならない出来事ではあるが、それならそれで誰にも知られたくない喜市としては事を荒立てるつもりは一切ない。

ーーーーよく言う、犬に噛まれたと思えば・・・・・。俺は女の子じゃないし。

そう思うことで気がほんの少しだけ楽になった。
結局の所、合宿ではコーチの向井が口添えしてくれたおかげでレギュラー組には留まることは出来たが、コートから外された日から基礎練習とランニングをして過ごすことになった。
熊谷らとも距離を置くことが出来たお陰で、精神的にも落ち着きつつある。寮に帰れば部活の時以外他学年とは接触する機会ももっと減るし、幸いあの夜いたメンバーの中に一年生が居なかったのは喜市にとっては唯一の救いだった。
いろいろあった所為で誰とも会話らしい会話も出来なかったが、これからいくらでも時間があるはずだ。中学時代には友人と呼べる存在それなりにいた喜市は、チームメイトからの推薦もあり三年生の時にはキャプテンも務めていたこともある。チームメイトにも恵まれ、後輩から慕われていた。高校生活もまだ始まったばかりだ。他県から入学した喜市は郷里を離れ、少しばかりホームシックになっただけ。それだけだと信じたかった。