「よーし、今日は早めに切り上げてこれから体育館と合宿棟の掃除をするぞー」
キャプテンの吉澤の掛け声で合宿の練習メニューは終わりを告げた。予め決められていた様でレギュラー組は体育館、準レギュラー組とその他で合宿棟の分担に割り振られた。コーチらと監督は車の手配や合宿費用などの精算で宿直室に戻り、選手だけの時間になった。若干不安を感じたが、キャプテンの吉澤らもいる空間で何か起きる訳もないはずだ。出来るだけ1人にならないように気をつければ大丈夫だと自分に言い聞かせる。あの行為は本来は男女間で行われるものだ。高校生にもなればそれなりに溜まるものもあるだろう。そんな多感な時期の閉鎖的なこの寮生活では魔が差すこともあるかも知れない。トイレの手洗い場を磨きながらふと鏡に映る自分を見る。
小さい頃から外で友達と遊ぶより、兄とのバレーボールをする方が好きだった喜市は透けるように白い。高校生になった今でも丸みを帯びた頬はふっくらしている。小ぶりで低い鼻に何もつけていないのに唇は薄桃色で全体的に幼い雰囲気が中々抜けないのがコンプレックスだった。それでも最近はトレーニングの成果が現れていて、薄らではあるが筋肉が付き決して女性的な印象はないはずだ。そもそも自身の性の対象は異性と言うこともあり、彼らの衝動には理解に苦しむ。
無意識にため息が出てしまう。あんな痛い思いは二度としたくないと心から思う。あの行為自体も好きじゃない。
「みーねーくーん」
ハッと目線を上げると鏡越しに古賀がトイレの扉に寄りかかっていた。物思いに耽っていた所為で扉が開いた事すら気づかなかった。声音は明るいが何を考えているか感情の読み取れない古賀の表情が得に苦手だ。古賀はあの夜、陵辱に加わることがなったが、じっと痛みに咽び泣く喜市を食い入るようにただ見ていた。その視線が異常に怖かった事を酒に酩酊しながらもはっきり記憶している。思い出して身体に強ばり背中にじっとりと嫌な汗をかく。
「お、つかれさま、です」
あの夜のことがなくても、何を話したらいいのか分からない古賀にはひとまず当たり障りのない挨拶をしてみたが返事は返っては来ない。振り返って見たが、愛想笑いも出来ずただトイレのタイル見つめる。しかし確信している、あの時と同じ視線を。
「っ、こ、こは、掃除終わりました、・・・おれ、他のとこ手伝ってきます」
耐えられない沈黙は一分にも一時間にも感じた。1秒でも早く同じ空間に居たくなくて立ち去ろうする。
「っ、・・・?」
あと一歩の所で肩を掴まれ引き止められた。古賀の大きな手では喜市の薄い方は片手事足りる様だ。
「そんなに焦って逃げなくてもいいだろ?」
唇だけに笑みを乗せた表情は酷く冷酷に見えた。